丹沢山行 2026年5月9日 @鍋割山・塔ノ岳

高校生の時ぶりに丹沢を登った。当時の記憶といえば、ひたすら蛭だ。これまでの登山経験で唯一蛭に吸われたのが丹沢で、やられた場所は今も少し跡が残っている。奴らの厄介さを、文字通り体で覚えこまされたのだった。そのほかに覚えていることは、うんと長い道のりを歩いたような気もするが、朧げな記憶だ。

最近になって細々と登山を再開していて、ちょうど1週間前にも1泊2日で大菩薩嶺に行ってきたところだった。登山の楽しみは人それぞれ色々あると思う。登山熱が復活したきっかけは、連れの登山趣味に感化されたのが大きいが、特に最近は色々な植物を見たいという気持ちも強い。しばらく前から植物の勉強をしていて、ある程度の種類がわかるようになってくると、身の回りにはいない種類の植物に出会う機会を求めるようになった。中学高校の部活で登山をしていた頃は、樹木を眺めるのは好きだったが、あくまで風景として好きなだけで、細かい種名はまったく知らなかったし覚えようともしなかった。当時のモチベーションは、自然に入るという体験そのもの、それから、きつい行程を踏破するということであった。当時は苦しい経験を乗り越えてこそ強くなれるというのが世の中の仕組みだと思っていて、厳しい山道を登り切った後の頂からの美しい景色や脚が重くなるその感触が、努力の勲章として分かりやすかったのだと思う。だから軽い日帰り山行では馬鹿みたいにペースを上げたし、物足りなければペースの早い同級生だけで集まって部活関係なしに登山をしたこともある。

刷り込まれた感覚は抜けないもので、僕にとって登山は、ある程度苦しいものでないと割に合わないみたいなところがある。登山を再開した当初は久しぶりだし当時のようには若くないのだからと余裕のあるコースで考えていたけれど、回数を重ねるごとに湧き上がる思いがあった。

「もうちょっとキツめの行程で歩きたい……!」

 

丹沢行きを決めたのは、実際のところどういう理由だったか思い出せない。山頂付近にいい感じの植物がいると見たような気もするし、そうではないような気もする。1週間前の大菩薩嶺から帰った後で、なんか行きたい感じになったのと、連れが元々興味を持っていて乗ってくれたのとが最終的な決め手であった。けれど、いざ行程を組んでみると9時間と表示される。なかなかだ。8時から登っても休憩なしで17時になる計算。歩く時間が長めというだけでなく、休憩時間も考慮すると、コースタイムより早いペースで歩かなければ日の入りまでに降りてこられないというのも問題だ。ヘッドライトの用意はあるものの、できれば明るいうちに下山したい。そうなると必然的に通常9時間かかる距離を少し早めに歩くという最近にしてはハードめな登山計画が出来上がる。

今まで連れと一緒にいったところの中では一番歩く距離が長いし高低差も大きいから、どこまで攻めた行程にしていいのか不安が残るところだが、本人に行程を見せるといけそうな感触だった。いざとなればその場で短いコースに変更することも可能だ。別に自分の趣味にあわせてキツい行程に付き合わせる必要はないのだけれども、ゆくゆくはアルプス縦走などの体力が必要になる登山もしたいなと思うと、日帰りで安全に登れる範囲の厳しい行程は、ちょうどいいステップのような気がした。

 

今回の行程

渋沢駅(7:23着)→大倉バス停(7:51着 8時ちょい過ぎ登山開始)→二俣→後沢乗越→鍋割山(11:12着 12:09発)→塔ノ岳(13:27着 14:06発)→大倉バス停(16:48着)

詳細はYAMAPの記録を参照(https://yamap.com/activities/48196423

 

渋沢駅から大倉まではバスが必要なものの、比較的近いため乗車時間が短くて済むのがありがたい。登山口までは30分くらいが最低ラインなところが多いなか、15分程度で着くのは非常にアクセスが良い。その反面、みんなが使いやすいからだろうか、乗車人数が多く、長蛇の列ができてバスはギッチギチであった。臨時便が出ていたので、人気なシーズンなのかもしれない。丹沢は蛭が出ることで有名で、最初に書いた通り僕も被害を受けたことがある。時期としてはもう少し暑くなってから活発になるようなので、今のうちが暑すぎもなく蛭もなく、丹沢登山にうってつけだ。そういう計算も今回の山行を決めた一因なのだが、考えることは皆同じなのかもしれない。ただし、バスの混雑に比べて登山道にいる人はそこまで多くない。塔ノ岳方面に行く人が多かったのかもしれないが、理由は不明だ。

今回は明るいうちに帰ることが目的なので、あまり時間をロスしたくない。登りの行程は最初しばらく緩やかな坂が続いて、最後1時間半くらいが急登になる。キツい登りでペースを上げると足を攣る危険もあるので、そこで時間を使えるように最初の緩やかな坂は平均ペースの1.5~2倍くらいで調整した。結果、緩い坂は30分巻いて急登は30分長めに時間をかけてトントンになった。そういえば書き忘れていたが、YAMAPのタイムと「山と高原地図」記載のタイムとでは後者の方が合計2時間くらい早い記載になっていた。できれば後者準拠の時間で動けると安全ということで、現地での調整には「山と高原地図」での時間を使った。要するに鍋割山山頂には、「山と高原地図」通りの時間で到着できたことになり、YAMAPより1時間早いことになる。

鍋割山の面白いのは、そこに向かう途中の道で鍋割山に運ぶための水が置かれていることだ。完全ボランティアのちょっとした歩荷で、川沿いにペットボトルに入れた水が置いてある。キツめ登山がしたい気持ちがあったので、リュックに入る上限の4Lを持ち運んでいた。山荘に着くと置き場所があって、得意げに水を出したのだが、同じ4Lの水を運んでいる先客が何名かいた。鍋割山の名物はもう一つあって、それがここの山荘で出される鍋焼きうどんだ。これが美味しいと人気で、売り切れたら閉店になってしまう。連れが前々から行きたがっていた理由の一つがこの鍋焼きうどんだったので、無事に鍋焼きうどんをゲットできて一安心だ。山頂ご飯にもかかわらず具沢山で、味もしっかりしている。まだ冷えるこの時期に温かいものを食べられること自体がとても嬉しい。これは確かに美味しい。1時間ほどの休憩のあいだ、よく晴れていて山頂から富士山がはっきり見えていたのも僥倖であった。

鍋割山到着まで時間がかかっていた場合には大倉へ引き返すつもりでいたが、大丈夫そうなのでこのまま塔ノ岳へ向かう。この道にいい感じな植物がいるという噂を聞いたような聞いていないようなだったのだが、初手からネコノメソウの仲間が見つかった。おそらくイワボタンだろう。ほとんど花はなく果実の時期になっていたが、対生であり、特徴的な形の葉や左右不均等の蒴果が確認された。余談だが、根生葉の葉柄が長く伸びていることがホクリクネコノメとの違いだそうで、ホクリクネコノメは越冬葉がそのまま根生葉となっているため葉柄が短い一方で、イワボタンは春先に新しく出た葉が根生葉となるため、両者の形状が異なっているのだという。(参考文献『日本のネコノメソウ』いがりまさし著)

道中は景色もよく、起伏も激しくなく、快適な縦走であった。塔ノ岳の直前から傾斜がきつくなり、最後の方は狭い木道になっていたため、すれ違いが少々骨でもある。果たして頂上に着くと景色が素晴らしい。富士山が向こうに見えるのもそうだし、その手前に山脈が何層にも連なっていて気持ちいい。以前に来た時の記憶は全く蘇らなかったのだが、これだけの景色であれば覚えていてもいいような気がする。前回は雨でまともに風景を楽しむことはできなかったのだろう。多分。

当初はそれほど休憩時間を取る予定がなかったが、さっと立ち去るには勿体無い。行程的にも余裕があるため、家で沸かしてきたお湯を使ってコーヒーブレイクを決め込むことにした。コップを持ってくるのを忘れていたので水筒の蓋を使って二人で分けて飲むことになったが、こういう不自由さも含めての登山だ。楽しい。そしてコーヒーがむちゃくちゃ美味い。

あとはこのまままっすぐ大倉に降りる。蛭にやられたのはこの道なので、大丈夫そうだったが雨具などで対策はしておく。急なくだりがしばらく続いていて、これを登るのはなかなか酷だなと思う。連れはかなり歩幅を狭くして歩数も増やして歩いていて、これなら確かに膝への負担が少ないなと思う。その分、ペースは遅めで何回も抜いてもらったのだが、ドシンドシン歩いて膝をクッションにしないようにしつつ、それなりの速さを担保できる歩き方があったりするのだろうかと考えながら歩いていた。その辺はこれから調べる予定。しばらくするとそこまで急なくだりではなくなっていたので、それなりのペースに戻り、最終的には予定ペースで2時間20分かかるところを2時間40分程度で到着できたので、なんだかんだ普通に歩けていたのだと思う。蛭にも出くわさずに済んだ。無事に下山である。

そういえば途中でナツトウダイがこれでもかというほど生息していた。珍しいというほどでもない植物だと思うのだが、見た目が特徴的すぎるので知っていればかなり目を引く。それでも植物に興味を持つまでは全く気づかなかったもので、以前に登った時にも生えていたのか見当もつかない。ただ、一つ気になるのは今回、鹿を全く見なかったことだ。前は何度か鹿を目撃した気がする。林道脇に柵を張っていたり植生回復中の看板が出ていたり、下草もけっこう生えていたので、もしかしたら鹿の食害対策をけっこう頑張っているのではないだろうか。だとすると、あのナツトウダイ草原も、かつては無かった景色だったのかもしれない(し、普通にあったのかもしれない)。

 

下山後は鶴巻温泉に移動して、弘法の里湯で汗を流した。混雑はしていたが困るほどではなく、実にいい湯であった。丹沢・大山フリーパスを使っていたので、鶴巻温泉への移動は追加料金なしだし、温泉の入場料は200円引きになった。普通に交通費だけでも割り引かれるので、次回も活用したい。

https://tanzawa-oyama.jp/spot/908/

https://www.odakyu-freepass.jp/tanzawa/

そして、最後に駅前の白鬚食堂で夕食をいただいた。小さいお店なので外での待ちが発生したが、そう長い時間ではない。味付けも丁寧で、接客担当の方も素敵で、是非ともリピートしたい。丹沢はジビエが有名らしく、このお店でもジビエカツやジビエカレーなどが売りであるようだったが、別のものを頼んだ。そういう意味でもまた来たい。ジビエが有名ということは、やはり鹿対策が……? とも思ったが、猪肉と書いてあった気がする。その辺はちょっと分からない。あとで調べたいことその2だ。

朝から晩まで心地よい疲労感と慰労がセットの素敵な山行となった。丹沢リピ確定である。できれば蛭の落ち着いた時期に。

 

 

これは翌日知ったことなのだが、そうも高校時代、一緒に丹沢を登っていた同級生が同じ日に丹沢を登っていたらしい。偶然というのは怖いものだが、もっと怖いのは彼が5時から22時くらいまでの行程で登っていたことだ。膝を痛めてゆっくり帰ったとの話だが、塔ノ岳よりもだいぶ先まで行ったらしい。何をやっているのか……と言いたいところだが、正直気持ちはわかる。きっとキツい登山をしたくなったのだろう。

特に目的もなく新潟旅行

ふらっと来て適当に過ごす旅行、ちょっとやりたかったんですよね。

以前、転職の隙間を縫って実行した北陸旅行の奔放さがクセになっていて、ああいうのまたやりたいなという気持ちがうっすらとありました。

そのうえで、別のちょっとしたモチベーションもあったりします。というのが、休日を何もせずに過ごすことが多すぎる最近の自分に愕然としてしまったからです。仕事の疲れもあいまって土日に休みを設けたくなるものの、かといった何をするでもなく、気づいたら日曜が終わりかけていて何もしていないことに気づいてがっかりするということが多すぎるのですね。連れが旅行好きで一緒にどこかに行くことも多いので、充実した週末を過ごすことも決して珍しくないのですが、逆に誘ってもらわないと虚無な時間をいつまでも過ごしてしまっていることに気づかされるわけです。文章を書く機会も極端に減り、頭の回転が鈍っていることを実感しているのですが、このことは週末における主体性の怠慢、活気のなさと無関係ではないような気がします。youtubeやアニメを呆然と見るだけ、物事を深く考える機会はなく、小説をはじめ読書の時間が減っていることからも、受け身の体験に流されており、自分で考えるとか自分の感情に身をまかすとか、そういった積極性が失われていることを痛感します。連れはと言えば、友達と遊びに出かけるなど休日の予定をガンガン入れるタイプで、一緒にいく旅行も引っ張り出してもらっているようなものです。なるほど仕事の疲労はなかなかのもので、最近の忙しさをふまえれば仕方のないことのようにも思いますが、虚無に過ごした休日のあとが別に休まっているわけではないというのも問題です。連れを見送ったらあとは虚無という日々に喝を入れねばならない。そう思い立ち、連れが自分の用事で家を空けるタイミングで旅行をすることにしたのでした。

 

しかし、自分が行きたいところは連れと一緒に行きたいところだったりすることも多く、一人で先にエンジョイするのは憚られますし、楽しみも半減です。そこで目をつけたのが、どこかにビューーンでした。JREポイントを使うとかなり割安に往復の新幹線チケットを発券してもらえるというJR東日本のキャンペーンです。面白いのは4択の目的地のなかからどこかランダムに行き先が決まるという仕組みで、自分では率先して選ばない目的地に行きやすいのも魅力です。これならば一人でふらっと適当に過ごす旅行にうってつけです。都合のいいことにJREポイントはそれなりに溜まっており、一回どこかにビューーンを使ってもまだ潤沢に残っていましたので、応募し、行き先が新潟駅に決まりました。

新潟行きが決まってからもしばらく放置していて、当日に行き当たりばったりでもいいような気がしていたのですが、ある程度は調べないと家の近所をふらつくのと変わらなくなってしまいそうです。特に、地方都市となると東京にある店が密集しているエリアを徘徊するだけになる恐れもありました。そこで、新潟駅周辺に何があるのかと調べていたのですが、やはりなんとも難しい。どこかにビューーンは途中下車しても大丈夫っぽかったので、長岡や燕三条で降りてしまおうかとも思ったのですが、意地であれやこれやと調べていくと、新潟全域で温泉が広く分布しており、個性的な場所も多いことがわかりました。日々の疲労を癒す意味でも温泉を巡るのがよいだろうという判断に至り、最終的に一つとても目を惹かれる温泉がありましたので、そこを目的地と決め、あとは行き当たりばったりでやっていくことにしました。

 

 

1日目

当日、連れが朝早く出発するのを見送って、家でだらだら荷造りをしてから10時前に家を出ました。目的地の滞在時間を十分に取る必要のない旅行だからできる舐めた行程です。新幹線に乗ったら軽いお菓子を買って優雅に過ごしながら、今日の宿を確保できなさそうな事実に焦ります。ピンチです。家を出る前からまずいかも~とは思っていたのですが、2万とかする宿しか空いていません。せっかく交通費を浮かせて旅行しているのに、プレミアム感のないビジネスホテルに2万で泊まるのは割にあいません。新潟駅の漫喫でもいいと思っていましたが、意外と駅から遠いんですね。行き当たりばったりの悪いところです。かろうじて一泊8500円の宿を見つけたのですが、今回の目的地から徒歩1時間くらいの漫喫を見つけたので、ここの個室が埋まらないことに賭けることにしました。一人旅ならではの決断です。蓋を開けてみれば漫喫は空いていて、一泊4000円くらいにすることができましたが、もう学生じゃないんだから……という気持ちは大なり小なりあります。調べている最中、いい雰囲気のゲストハウスの予約が埋まっているのを何個か見つけて悔しい気持ちになったこともあり、事前に下調べをするの大事だなと認識を改めました。今後の行動を改善できるかはちょっとわからないですが……。

さて、新潟駅に着いたのが昼過ぎで、お腹も少し空いた頃です。Twitter(現X)でフォロワーからポンシュ館を勧めてもらいました。温泉が控えているのでアルコールは無しとしても爆弾おにぎりは新潟らしくもあり魅力的です。そこまでたくさんは食べられないので、小爆弾おにぎりに卵黄醤油漬けと大葉味噌の具材2種類を入れてもらって食べました。美味です。

すぐに移動するのも味気ないというか、のちのち時間を持て余すのが見えていたので、駅周辺を放浪して敦井美術館というところに入りました。陶器を見るのが好きなのですが、ここではこじんまりと陶器が展示されているという話でした。入ってみると思っていた以上にこじんまりとしていて、広めの1部屋の外周に作品が展示してあるのみという具合です。人もほとんどいませんでしたが、サクッとみる人は3分くらいで出て行きましたし、ゆっくり見ても10分はかかりませんでした。ちょうどこの日まで展示されていたのが、大学教授にもなった人の作品です。陶芸といえば、日常的に使われるなかでこそ真価を発揮する的な美しさを柳宗悦が用の美という言葉で説いたをことが有名ですが、そのような価値観から離れて、陶芸の手法で美術作品を作っていこうという流れの先駆け的な時期の作品群が今回見たものだったようです。個人的には日常使いされる陶器の決まりきったようなかたちに微妙な差異があったり、土色や釉薬の違いによって変化があらわれるのが好きなので、ストライクゾーンからは外れていたのですが、「あおい作品」という作品名のものがあったのはツボでした(壺型ではありません)。作品と作品名から美術品を作ろうと奮闘したときの懊悩が見えたような気がして好きでした。

www.tsurui.co.jp

 

さて、手短に新潟駅の散歩を済ませ、本日の目的地に向かいます。目指すは電車で30分程度の場所にある新津駅です。終点になっているので、乗り過ごす心配はありません。途中で亀田駅というところを通過したのですが、これは亀田製菓と関係があるのでしょうか。気になりつつも調べていません。が、いま調べました。本社は亀田駅から徒歩30分だそうです。関係ありそうですね。さて、新津駅について少し遠回りに散歩して、目的地に到着です。新津温泉という温泉です。

知る人ぞ知る温泉で、その理由は日本一臭いからだそうです。余所者が臭いだなんて騒ぐのも失礼な話ではありますが、特徴的であることは違いなく、石油の匂いがするそうです。硫黄臭い温泉ならばよくありますが、ここは臭さのベクトルが違うという話です。効能はけっこうしっかりあるようで、全国の温泉好きが集まるほか、リピーターもそれなりにいると聞きます。そのように密かに人気を博し、格好つかないながらも日本一の名を冠する新津温泉ですが、見た目は公民館のような印象でむちゃくちゃローカルな雰囲気の温泉です。入湯料はなんと破格の500円。古い家屋を使い回しているのか、建物内の雰囲気はなかなか渋く、地元の人が先に入っていました。脱衣所にコインロッカーがないところも観光地らしくなくて大変よろしく、浴室には湯船が一つあるきりです。水質の都合でシャンプーや石鹸がないとは聞いていたのですが、シャワーヘッドもありませんでした。どうやって体を洗うのか謎でしたが、蛇口から水をちょろちょろ出したのを溜め、かろうじて洗ってから入浴しました。

肝心の匂いですが、たしかにちょっとガソリンスタンドっぽさはあります。ですが、どちらかと言えば、車のタイヤのゴムとかが近い気がします。石油製品ではあるけれども、方向性としては熱せられて溶けたゴムっぽい匂いで、匂いとしてはそれほど強くもないかなという印象でした。新津は実際に石油がとれるようで、新津温泉も石油の採掘をしていたら出てきた温泉だとかなんとか。そのわりにはガツンとはこないな~と思いながら、ずっとお湯に浸けていた手のにおいを嗅いだら完全にガソリンでした。むちゃくちゃガソリンです。これを待っていました。最高です。心なしか肌が水を弾いているような気もします。

事前情報で、温泉につきものの湯の花が黒いという話を聞いていました。湯船の淵をみるとたしかにパッキンの上に黒いところがあってなるほどな~という感じでした。いや待て、なるほどではない。他の温泉で湯船の水面くらいの高さに成分が結晶化して岩みたいになっているものがあると思うのですが、たぶん新津温泉でいうソレは僕がいまパッキンだと思ったやつです。湯船の壁面の半端な位置にパッキンは無い。湯の花は黒いのに白だか肌色だかの結晶もできるのかちょっと不思議ですが、擦ったら少し削れましたし、剥がれている箇所もあったのでたぶん温泉成分ですよね。面白すぎる。壁の向こうの女湯からシャワーの音が聞こえてきて、シャワーヘッドがないのが男湯だけだったらしいのも面白ポイントです。ほどよく温まり、体にガソリン臭が馴染んできた頃合いで湯船を出ました。よそから来た学生風の二人組が入れ替わりで入っていき、少しだけ混んできたのでちょうどいいくらいのタイミングでした。14時くらいなので、空いている時間を狙えたのかもしれません。

niigata-kankou.or.jp

 

さて、気持ちよく石油の香りを纏ったところで、この日の予定はすでに終わってしまいました。フリータイムです。あらかじめ付近を調べておいたのですが、陶器屋さんやガラス工房があるようです。といってもそれぞれかなり離れていて、非常に行きづらいのですが、なにせ時間は十分にあります。近所の陶器屋さん→隣駅のガラス工房→戻ってきて駅から離れた快活クラブ(本日の宿)というルートで散策しました。3時間前後だったかと思います。買い物は結局しなかったのですが、手頃な植木鉢が欲しかったこともあり、陶器屋さんではけっこう迷いました。が、これからの運搬なども考えてステイといたしました。途中で休憩がてら軽食を食べようかと思ったのですが、店がやっていなかったりそもそも店が無かったりして機会を逸してしまいました。しかし、本日の宿のご近所に美味しそうなカレー屋さんがあり、少し早い時間ですが夕食としました。18時までの営業と、あと1時間くらいで閉店するタイミングで滑り込めたのは非常にラッキーで、これがめちゃくちゃ美味しかったです。カレーといえばインドカレーに勝るものなしという派閥だったのですが、覆されました。右にレッドカレー、左に牛すじカレー、中央に具材たくさんのあわせプレートを注文しまして、これがめっちゃ美味しい。特にレッドカレーが、上に乗せたパクチーと相性抜群で、過去食べたレッドカレーの中で最高峰でした。また食べたいけど、ここまではなかなか来れない。今は目の前にあるのにこの機会が最後なんだろうなという出会いもまた旅情です。

夕方のうちに快活クラブ(本日の宿)に入り、鍵付き個室を確保し、ドリンクバーで喉を潤しながら翌日に備えました。少し読書なりなんなりしようと思ったのですが、歩きすぎて疲れてしまいました。疲れがとれたような積み重なったような、しかし総じて良い1日目でした。

 

うめやんKitchen 直売所(美味しいカレー屋さん)

tabelog.com

 

 

二日目

6時半に起床。やることは決めていないので二度寝をしてもいいくらいですが、料金設定的に8時半までに出た方が安いので、二度寝は心配です。諦めて今日どこにいくかを考えることとします。前日は普通に歩き疲れてしまったので、今日も温泉で慰労がよろしいでしょう。というところまでは前日のうちからぼんやり考えていたのですが、問題はどの温泉に行くかということです。二日連続新津温泉に行くのも極論ありなのですが、せっかくなら別のところに行きたい気持ちです。気になっていたのは月岡温泉というところで、エリアとしても近く、日本一まずい温泉として知られています。新潟は日本一ネガティブな温泉が多いのでしょうか。そもそも温泉を味わうということ自体、興味を惹かれ、せっかくならどう不味いのか試してみたいです。ということで月岡温泉を目的地にしたいところだったのですが、いかんせん行きにくいんですね。googleで調べると最寄駅より二つ向こうの駅まで行って引き返すようにして小一時間歩くことになっており、何かと思えば最寄駅に停止してくれる電車が限定的で本数も少ないという感じみたいです。歩きすぎて疲れてきたから温泉にしたのに、今日も歩くというのは自家撞着です。昼まで待てばバスと噛み合ってくれるみたいですが、ずっと新津周辺で時間を潰すのも気が乗りません。残念ですが日本一まずい温泉は諦めるのが良さそうです。

第二候補としていたのは咲花温泉で、こちらは駅から数分で温泉街につくようです。歩く距離も短いし、電車移動もそう長くはない。時間をみると9時半の電車に乗れば良いらしく、今からでも余裕で間に合います。そのあと10時ごろ発の電車もありますが、それを逃すと1時間半ほど待たねばいけないらしく、電車を逃すのが怖い感じです。逆に咲花駅から新潟方面に帰るには、11時半過ぎの電車に乗る必要があり、その次は15時くらいになるようです。調べる限り咲花駅周辺には時間を潰せるところはおろかコンビニもないようなので、帰りは確実に11時半に乗る必要があります。であれば、咲花駅に早めに着いておくことで、温泉に浸かる時間を長めに取るというのが大事になってきます。宿(快活クラブ)周辺は昨日のカレー屋さんの他にもスーパーやミスド大戸屋などもあり結構栄えている雰囲気なので、駅近くな印象でいたのですが、駅まで徒歩30分かかるとのことです。モーニングをどこかで食べて駅に向かうつもりでいたのですが、近所の店が開く時間には出なくてはいけなくなりそうでしたので、自分都合で決めたチェックアウト時刻ギリギリまで滞在して、ゆっくり歩いて駅で待機することとしました。

駅に着くとちょっと驚きなのですが、SLがホームに待機していました。電車好きのカメラマンたちが線路沿いに数名立って写真を撮っていました。マナーが悪い人が多い印象が先走る鉄道オタクですが、どうなのかなって人は一人いたくらいでした。自分が乗る電車がくるまで30分くらいあって、きれいな待合室もあったので何か小腹に入れておく算段で、キオスク的なところに入ってみると新津名物という三色団子が売られていたので買ってみることにしました。串に刺さった団子3本を想像していたのですが、長方形の箱を開けると、こしあん、しろあん、ごまあんの3種類のあんがみっちり詰まって団子が見えません。備え付けの爪楊枝や木製の小さいスプーンで発掘するとそれぞれに小さな団子が6粒(8だったかも)入っていました。なるほど美味しい。朝食にしては量が多いのと気をつけないと胡麻がこぼれ散るので、その場では少し食べるにとどめ、タイミングをみてつまむことにしました。賞味期限は翌日までということなので帰宅後でも大丈夫だと思います(帰宅後に食べて大丈夫でした)。目的の電車はSLより後にやってきて、先に出発する折り返し電車で、会津若松行きとあります。新潟と福島だからとなりあってはいるものの、そこがつながるのは何か不思議な感じがします。SLを横目に出発し、30分くらいだったかすると咲花駅に到着しました。うっかり新津駅にSUICAで入場しており、電車はワンマン運転無人駅到着だったため、清算できなくなってしまいました。あとでSUICAで改札を出る時に払えばいいということで、その場では特に何も支払わずに出ました。こういうので成り立ってる世界もあるんですよね。後にきっちり清算したことは書き記しておきます。

 

咲花駅の目の前には古くて雰囲気のあるお社があり、見ると戊辰戦争の古戦場跡である旨が記された石碑があります。新選組ツウの人はこういうところにも来るのでしょうか。などと考えながら目的の温泉旅館までは向かいます。徒歩数分で一本道なので迷いようがないし、寄り道するところもありません。が、辿り着いたときに己のミスに気づきます。日帰り入浴の受付は11時からで、到着したのは10時を少し過ぎたところでした。宿の人にダメ元で確認すると、お客さんで払ってるしもう入ってもいいけど、というテンションだったのですが、さすがにちょっと申し訳なかったので軽く散歩しますと返事をしたところ、もうすぐSLが通過するからそれ見て戻ってきたらいいよと言っていただき、散歩に出ることにしました。そういうわけで、新津駅で見送ったSLに再会することになりました。それならばSLに乗ってきてもよかったような気もするのですが、全席指定で少し高いようですし、当日に乗車券を取れるのかわかりませんし、何より化石燃料の香りはすでに纏っているからと納得しておきました。新津駅でも思ったのですがSLの人気はけっこう高いようで、咲花駅でも待機している人がそれなりにいました。やってきたSLも乗務員さんが手を振ってホームに入ってきていたし花形なのだろうと思います。写真を何枚か撮って軽く楽しんだら、そそくさと温泉に戻ることとしました。疲れているのを癒すために温泉に来たはずなのに結局ちょっと歩いているなと思いつつ、時刻は10時50分くらい。受付にはやはり少し早いですが、入ってみます。さっきとは別の人に応対してもらい、話が通っているのかわからないのですが、別にもう入っていい雰囲気なのは変わらないようで、さっと入れました。滞在時間に制限がある身としては、10分長いだけでもかなりありがたいです。

温泉は5階にあり、室内の広めの浴槽と小さい露天風呂があります。ここも珍しい温泉で、湯の色がエメラルドグリーンでなかなか綺麗です。当然のように先客はいないため、そそくさと露天風呂に行くとなかなかどうして心地よいです。左に幅広い河川、右にトンネルに続く線路を臨み、意外とこういう景色はないよなと思います。期待していた以上にのんびりできているのはいいのですが、計算上は30分以内に出ないと電車を逃すことになるから、油断はできません。しかし、慰労のための温泉であるから焦って半端な気持ちで出るのも嫌です。そのうえ厄介なのは浴室に時計がないということ。要するに、時間を気にせず思いのままにくつろぐ時間を30分以内に収めねばならず、それを体内時計で判断しなければならないのに、時間を気にせずにくつろごうとしているということです。矛盾です。考えた末、前に好きなだけ温泉に入ったときはちょうど30分くらいだったという記憶をもとに、今回は肩までとっぷり浸かってスピーディーに体を温めることで満足までの時間を早めに調整し、あとは自分の体に任せることとしました。結局、25分くらいで出ることができて、髪も乾かし電車にも十分間に合う計算になりました。完全勝利と言っても過言ではありませんね。強いていえば駅に向かってる途中に温泉旅館の写真を撮り忘れて少し引き返したくらいのミスはしましたが、時間に余裕はあります。風呂上がりに歩いても涼しいくらいの気温で、かなりいい感じです。

www.satorikan.com

 

ここからの予定は、今度こそ一切ありません。新幹線の時間が夜なので数時間を持て余しているのですが、水族館まで行くと体力を消耗してしまいます。温泉はもう堪能したから他をあたるつもりにもなれないし、いっそ旅先で何もしないのも良いのかもしれません。とりあえず新潟駅近くの喫茶店でお昼を食べることとしました。ゆっくりできそうな雰囲気だったら長居してもよかったのですが、日曜ということもあり、ちょっと賑やかだったので、ジェノベーゼだけ食べてささっと退店しました。美味しかったです。近くに大きなジュンク堂があったので、そこをほっつき歩いていると吹き抜けの下の広場にゆったり座れるカフェスペースがあります。これ幸いとコーヒーを注文し行ったのは、この旅行記を書くことです。初日部分はジュンク堂で書いて、残りは新幹線の中や帰宅後に書いているのですが、旅行だからと言って特別なことをしないという選択肢は振り返ってみてなかなかアリな気がします。特に交通費がかなり抑えられているうえに何があるかわからずになんとなく来ているということもあり、せっかくの機会を活かさねば……みたいな気持ちがありません。暇を持て余していたはずの休日を上向かせたいというモチベーションを考えるならば、本来の休日にしたかったことをするというのは、むしろ最適解かもしれません。

それなりに時間を過ごしてコーヒーも飲み切った頃合いでジュンク堂を後にし、お土産を見ることにしました。新潟駅直結のショッピングモール的なお土産売り場は結構広く、よりどりみどりなので、色々眺めていると時間は過ぎていきます。つい先日に旅行に行って会社にお土産を買って行ったばかりだから、会社にはいらないだろうし、他に直近で会う予定の人もいません。連れへのお土産だけを目的にふらついていたのですが、意外と買ってしまいました。

まずはお米系統ということで、炊き込みご飯の素。そのまま炊けばOKという手軽さも込みでの採用です。最近、我が家のおやつが多いので甘いものは禁じているのですが、どうしても気になってしまったのが柿の種。浪花屋の大粒柿の種はどこでも見かけるので後先考えずに買ったのですが、その後に入ったポンシュ館ではおかきの種類が異常に豊富で、選び放題でした。個人的に超硬いやつが気になって仕方ないので、やむなく購入です。ちなみに浪花屋の方は新幹線や連れの帰宅を待ちながら自宅で食べていたのですが、全然止まりません。止まらないのに量が多いからまだ残っている。すごいことです。

それから、味噌。以前に燕三条を旅行したときも帰りに少し移動してポンシュ館に入って、新潟の味噌を買って行ったのですが、それを比較的最近使い切ったところでした。旅先の調味料はできれば買うようにしているのですが、醤油はお気に入りを見つけて大量に買ったところだったので、味噌にしてみました。これはまだ試していないので楽しみです。ついでに面白枠でカニコーラというカニの風味がするというコーラを仕入れておきました。気持ちが大きくなっていたのです。わりと普段の買い物では節約気味というか、貧乏性というか、なるべく安めに済ませようという気持ちが強いのですが、冷静に計算をすれば毎日のお昼ご飯が数百円高くなったところで困るようなお財布事情ではありません。にもかかわらず抑えているのは、使い所を待っているというような感触が感じがなんとなくあって、そういう意味では旅行先というのは散財することへの大義名分が与えられているようで大変好都合です。適切に散財欲求を発散している感じがあります。

ですが、気持ちが大きくなっているのは旅先だからだけではなく、普通にアルコールが入っているからでもあるのですね。読者の皆様からすればいつの間にという感じでしょうが、お土産を一周見た後に、せっかくポンシュ館に来たのだから飲み比べもするべきであるという思いで、ワンコイン飲み比べに行っていたのでした。まいったか。3杯飲んだうち、ワイン酵母をつかった日本酒が思ったよりワイン風の香りがしたのが一番面白かったです。最近はほとんど飲まないようにしているので、おちょこ3杯だけでも、いい具合に酔いました。そのわりには飲酒後に買ったのは味噌とカニコーラだけだったので、酒に飲まれてはいないと言って良いでしょう。

ちなみに、飲酒後には同じくポンシュ館にある別の立ち飲み居酒屋みたいなところで早めの夕食を済ませました。ポテサラと鰹の酒盗鮭いくらの親子丼をいただきました。どれもとても美味です。鰹の酒盗というのは想像がつかなかったのですが、かなりガツンと塩気が効いていてほろ酔い加減にはちょうどよいです。それから鮭は炙られており、ほろほろになっていて簡単に崩れます。口当たり良好で炙った香りがよく立っておりました。品数は少なめだが、満足度の高い夕食でした。

さて、夕食も済ませてお土産も買って、18時くらい。今からどこにいくような時間帯でもありません。あとは帰るだけです。ノープランで決行した旅行ですが、途中から温泉で疲れを癒すことで軸が定まってまいりました。最近は長い残業を終えたと思ったら電車が止まって帰れなくなったりしていたので、温泉旅行にはうってつけのタイミングでした。しめくくりとしてさっさと帰れるのは、でき過ぎていると言っても過言ではありますまい。

燕三条旅行 1日目 包丁を求めて燕三条へ

タイトルの通りです。包丁を買おうと色々探し回っていたら燕三条に行っていました。

 

ことの発端は普通に包丁を新調しようという話だったのですが、料理本などを眺めているうちに、包丁には色々あるらしいことと、同じ種類の中でもグレードの高いものがあるらしいことがわかってまいりまして、興味がどんどん出てきた次第です。

最初に包丁を探しに出かけたのが1月初頭だったかと思いますので、都合一ヶ月ほどの放浪でした。その間に勢い余って刀剣美術館に行ったり全く念頭になかった中華鍋を購入したりしていました。それから現役の方の包丁を自力で研いで切れ味をあげまくったりもしました。

包丁を求めてかっぱ橋に繰り出したりしていたのは、同居人と一緒にだったのですが、道具にこだわり出して燕三条まで行くのは自分の趣味です……と、いうのでもないらしく、燕三条行きを提案してきたのもどちらからだったか今や覚えていません。去年も器を求めて山中温泉に行ったのですが、このような旅行を二人でやれるとは思ってもみませんでした。

というわけで包丁への理解を深める前日譚を交えつつ、燕三条に旅行に行った記録をお送りします。基本的には旅行記です。

 

 

 

 

到着〜藤次郎オープンファクトリー

10時54分着の新幹線にて燕三条駅に向かいました。

長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった状態で、トンネルが終わった途端に別世界に踏み入れたような切り替わりを感じます。去年の北陸旅行でも同じ驚きがあったはずなのですが、すっかり忘れておりました。驚きまじりの感動は不意打ちであればこそ成立するものですから、思えば旅の初めから幸運に恵まれていました。

今回の旅の目的である藤次郎オープンファクトリーですが、事前に電話で伺ったところ今日は工場を半分しか開けていないとのことで、両方稼働していれば事前予約のうえで解説付きの案内をしてもらえたところだったので、少々ついていないような雰囲気を感じていたのですが、これが完全に裏返ってこの上ない旅程となりました。振り返ってみれば、トンネルを抜けた頃から、その予兆があったのかもしれません。

工場見学の予定を長めにとっていましたので、見学にあてていた時間が大幅に余る可能性が出てきており、少し勿体無いのではないかということで新幹線の中で旅程を組み替えていました。諏訪田製作所というところの爪切りを作っている会社の工場見学もしたいくらいだったのですが、いかんせん立地的に回りづらく、また、日曜の予定を先にずらしこんでみたりしても工場は基本的に日曜休業のため見学できない状況でした。難解な旅程パズルを解いた結果、レンタカーの利用に踏み切り、彌彦神社へ向かうことを決めました。当初は金額面から電車移動のみで済ませようとしていたのですが、いかんせん藤次郎の次に余った時間で移動できる場所は限られており、比較的近場で興味のあった彌彦神社も車なしでは遠すぎました。車移動できれば、時刻表に合わせずに移動できるというのは大きなメリットにもなり、結果的に移動時間も削れるだろうということで、浮いた時間をもっと浮かせて予定を増やせることにもつながります。

去年まではペーパードライバーもいいところで、これは今もですが車を運転する気が知れないという強い思いがあったわけですが、単独出張で車移動をせざるを得ない状況に追い込まれたりした経緯から、いざとなれば運転できるようになっていたのが功を奏しました。トンネルを抜けた先で雪が積もりに積もっていたのでビビり散らかしていましたが、結局、運転した道は除雪が十分にされていましたし、降雪もありませんでしたので、ナイス判断であったと思います。新幹線で食べる用のおやつに持って行ったラミーを食べていなかったのもラッキーでした。

 

そういうわけで、燕三条に着いた頃にはレンタカーの予約も無事に済んで、新たな旅程も組めた万全の態勢でした。

お昼ご飯は連れが調べて見つけてくれていた、小嶋屋総本店というへぎそばのお店にしました。こちらのお店は天皇に献上したこともあるとのことです。僕の方はご飯系についてはまともに調べない人間なので、自力では辿り着けなかったかもしれません。駅からすぐ近くで、開店直後に入ったにもかかわらず少し待ったくらいには人気店でした。

お味の方もさすがといったところで、ちゅるんと入ってくるのにもちもちと歯応えがある独特な食感でした。へぎそばというのは海藻を練り込んだ蕎麦で、今まで食べたことがあったかどうか定かでは無いのですが、今回食べてみた感じ10割そばみたいな渋いタイプというよりは、そうめんとかに近い印象です。季節の天ぷらとあわせていただきましたが、ふぐの開きの天ぷらというのがあり、これが絶品でした。肉厚でプリッとしていながら、白身魚らしいあっさりした味わいです。

 

食後、駅に戻って予約したてのレンタカーに乗車し、出発です。

向かうはもちろん藤次郎オープンファクトリー……なのですが、実はすぐ近くにもお目当てがもう一つありました。西日本を中心に展開するスーパー「LAMU」です。数年前にLAMUの曲が非常に良いということを知り、狂ったように聴いていた時期があります(当時のnote:283のアイドルさんたちにカバーしてもらいたい!|夏目草)。LAMUに入店したのは夕方になってからなのですが、運転してLAMUが出てきたときはさすがにテンションが上がりまくりでした。

天気は曇〜小雨といったくらいで運転に支障が出るようなことはなく、むしろ徒歩ではちょっと辛かったかもしれません。遠景に山並みが見えるくらいの天候ではあって、LAMUだけではなく山の景色にもテンションが上がっておりました。

 

 

藤次郎オープンファクトリー

藤次郎の施設としては主にギャラリー・工場・アトリエから成ります。ギャラリーは製品が展示されるように並んでいて実際にそれを買うことができる直売所みたいなところです。工場では量産品を作っていて製造ラインを見学でき、アトリエでは職人が手作業で作っている様子を見学できます。

藤次郎の包丁は量産品が多く、高品質な包丁を比較的手頃な金額で入手できるのが魅力です。量産品だからと言って品質が悪いということは決してなく、手作業には手作業の良さがあるということでアトリエも動いているのだそうです。工場は二つのエリアにわかれているようなのですが、事前に聞いていた通り、この日は半分しか稼働しておらずもう半分は解説も見れないといった状況でした。

見学はアトリエから始まって、工場の方へと流れていく順路なのですが、タイミングよくアトリエには作業している方がいらっしゃいました。ガラス越しに作業を見ながら、その近くにあった解説を熟読していたのですが、熱心に見ている二人組がいると気にかけていただいたようで、「よければ間近でご覧いただいて解説しますよ」とお声がけしてもらえました。一切の解説がないつもりでいましたので、大変ありがたいです。自分たちが他の見学者に比べてだいぶ熱心に解説を読んでいたり質問したりしたようで、職人さんに随分と気にかけていただきまして、あれやこれやといろんな作業を見せてもらえました。工場見学で人がいっぱい来ていたら叶わなかったくらいに充実した時間を過ごさせていただきました。

お声がけくださったのが、少なくとも経験を十分に積んだ地位の高い人で、自分の裁量で作業を進められるおかげで、さまざまな作業工程を見せてくださいました。そのときはあまり意識していなかったのですが、お店の方で他の人から聞いた話などを総合するとどうも親方と呼ばれる方だったようで、一介の見学者相手に融通を利かせてたくさん解説をしていただき、ありがたいどころの騒ぎではありませんでした。

 

さて、最初にお声がけいただいた場所が、鍛造という工程をする作業場で、薄い直方体と言いましょうか、包丁の元となる金属板を熱して叩いてざっくりと包丁の形に成形していく作業が行われていました。この金属板自体は別の業者の手で作られたもので、最近は素材のレベルが格段に上がっているため、叩いたりせず型をくり抜いて作った量産品でも相当のクオリティーになるとのことです。

良質なステンレス包丁となると、食品にあたる刃の部分には硬い鋼材を用意して、その両サイドを柔らかい材質のステンレスで挟むことで硬さとしなやかさを両立させています。硬さなど金属の性質は基本的に材料によりけりですから、材料のレベルが高ければ必然的に包丁の品質も向上するという寸法です。刃の鋼材に使われる金属で最近人気なのはVG10号と呼ばれる材質で、ある程度の硬さがあるため砥ぐのには時間がかかるものの切れ味が長期間持続するという材質なのですが、そのうえ柔軟性も兼ね備えているため刃欠けしにくいというのが魅力です。そのほかにも硬さや柔軟性などの性質に違いがある鋼材がいくつもあり、銀三やVG2などVG10に劣らず人気の材質があったりします。今挙げたのはいずれもステンレス鋼ですから、錆にも強いうえで優れた鋼材が現代では揃っているということです。

であるとすれば、わざわざ人の手で鍛造する必要はどこにあるのかという話なのですが、職人さん曰く主に二つ理由があります。一つ目は叩いた分だけ粒子が密になるということで、きめ細やかになって刃先がより鋭利になります。粉末ハイス鋼と呼ばれる鋼材があるのですが、これなんかは非常に細かな粒子ですので、切れ味は抜群と聞きます。他方であり得ないくらい硬いので、砥ごうとするととんでもない労力になるということで余程切れ味にこだわるのではない限りはおすすめしにくいようです。他の材質でも叩くことで粒子が細かくなるのであれば、なるほど叩く意味があるというものです。

鍛造する二つ目の理由は、好きな形に整えられるというところにあります。型でくり抜くタイプでは、善かれ悪しかれ型通りにしかなりません。単純にフォルムの問題だけではなくて、叩くことで厚みを好きに変えられるという強みがあります。ということの意味を真に理解したのは、実は、見学を終えてギャラリーの方で店員さんにお声がけして包丁を持ち比べさせてもらったときでした。量産型のものは峰の方から見てみると刃元から刃先まで厚みが均一なのですが、鍛造して作ったものは刃先に向かうに連れて薄くなり、先端は極薄に仕上がっています。その違いを実感されるのは、まず握ったときで、量産型は重みがずっしりと感じられるのに対して、鍛造品は重心がグリップ側に寄って手に収まる感じがあります。端的には圧倒的に軽い持ち心地になり、取り回しやすい雰囲気になります。この違いは比べたからわかったことではありますが、以降は比べなくてもわかるくらい、はっきりとした違いです。そういえば職人さんから説明を受けた時にも、刃元が分厚くて刃先にかけて薄い状態にしているのだと仰っていて、この段階でどういう包丁ができるのかが決まってくるという話がありました。鉄を鍛えるというときにイメージする、あの叩く行為の意味が素材の質を上げるだけではなく、形を作り上げていくということにとっても肝であるという、いわば当たり前の事実に驚かされました。

 

鍛造はウエハースみたいな形の金属板を包丁に変えていく作業ですから、けっこう手間がかかります。七段階くらいの工程をたどるとのことなのですが、そのうち最初の(たしか)「アゴ出し」と呼ばれる工程をみせてもらいました。包丁の柄におさまる金属部分を中子(なかご)と言うのですが、そこを叩き出していく作業です。どうやってあの出っ張りを作るのかと不思議だったのですが、細い杭みたいな金属製の棒を叩き台に置いてその上に金属板を載せます。包丁で言うとちょうどまな板の上で野菜を切る向きで置き、アゴの柄側に金属の杭をあてがうかたちです。その状態で上からハンマーが叩き下ろされると、窪みができ、窪みから柄側の方が中子になっていくパーツとなります。そこを縦から横からリズミカルに叩いていって、一気に先端が細くなるまで伸ばしておられました。

真っ赤に熱せられた鉄が柔らかいのはイメージがつくのですが、時間経過につれて黒に戻っていって変形しにくそうになってからも叩き続け、一度も炉に戻すことなく一気に中子を作っており、さすがの鮮やかな手際でした。

そのほかにも回転砥石を用いた包丁の研ぎ直しの場面を見せてもらったり、銘を彫るところを見せてもらったりと随分と目をかけていただきました。字を彫るところについては案内を希望した見学者なら見せてもらえるコースの一環のようで、最後に小さい金属に自分の名前を彫ってプレゼントしてもらえました。細かい文字でも流れるように刻んでいって、良いお土産になりました。

彫りながら器用にもお話されていたのですが、包丁職人は全部の仕事をやらねばならず、字が下手でも銘を彫らねばなりません。研ぎが苦手でも研げるようにならねばならず、仕事のバリエーションだけでもかなり色々あるようです。お話ししてくれた職人さんは5年くらい練習してようやく包丁に字を入れさせてもらえたとのことですので、一人前の職人になるまでのどれほどの時間を捧げているのかと思い知らされます。それでも自分はまだまだであると、世の中には化け物みたいな人間がいるものだと仰っておられて、人柄もあいまってすっかりファンになってしまいました。お名前を聞かなかったのが悔やまれるくらいです。

 

さて、見学をじっくりしましたので、あとはナイフギャラリーの方を見て、あわよくばここで包丁を選びたいという段階です。

これまでも週末ごとにかっぱ橋に繰り出していって、解説を聞いたり包丁を握らせてもらったり、時には試し切りさせてもらったりと悩みに悩んでいましたので、見る目は養ってきたつもりです。

ちなみに、かっぱ橋では釜浅商店の店員さんが色々詳しく教えてくれて、あれもこれも質問攻めにした挙句、包丁は保留にして中華鍋を購入して帰ってきました。釜浅商店の品揃えはどれもものが良く、あれもこれも買いたくなってしまうくらいなのですが、ひとまず中華鍋が大正解でした。理屈は分かるような分かんないようななのですが、ただの野菜炒めでも抜群に美味しくなります。炒めながら混ぜるのにも十分な空間がありますし、どのエリアにいる野菜もしっかり炒められる点で調理しやすさもありますし、煮るも茹でるも揚げるも中華鍋一つでどんとこいという様子で、料理の楽しさと出来が格段に上がっています。また、包丁に関しては貴和美というお店も個人的には大当たりでした。買うつもりなさそうな質問をしてしまったのに丁寧に教えていただけましたし、試し切りもさせてもらえて、セールス感なく楽しくお話できました。ちなみにこちらでは前々から欲しかった砥石を押さえる器具があったので購入させていただきました。良い印象のお店でお話だけ聞いて帰るのは悔しかったので、包丁でなくとも欲しいものを買えて良かったです。

そんなこんなでかっぱ橋に通って経験を積み重ねていったのですが、得られた結論は「どの包丁も十分に良い」という嬉しくも悩ましいものでした。今やどれをとっても正解な自信はあるのですが、逆に言えばこれといった決定打を見つけられなくなっておりました。店内を眺めている間、せっかく色々教えてもらえたことだし、藤次郎で何かを見繕ってくるのがいいかなという気持ちが半分、燕三条を探していればまだ見ぬ一品があるかもしれないという躊躇いが半分でした。

そういうときこそお話を聞いてみるもので、量産品と鍛造して作ったものとで実際どれくらい違うものなのかを質問したのですが、これ本当に聞いて良かったです。

先に書いておいたとおり、鍛造品は厚さが均一ではなく先端にいくにつれて薄くなっていき、持った時の感覚が全く別物になっています。均一な方はずっしりと重量感があるのですが、鍛造品は軽やかで取り回しやすい雰囲気です。鍛造品は先端が紙のように薄く、また、ダマスカス鋼という縞模様がはっきり出る材料の場合は、打ちつけている分、縞模様が波打って表面に見える傾向があるようです。が、やはり持った時の感覚がまったくの別物です。

ここで非常に悩んだのですが、一度頭をすっきりさせるためにも店を出ました。去年、漆器を購入した時もしばらく外にでて時間をおいてから購入したのですが、良いものを選ぶためには一度寝かせるのが吉だというのが本気で選ぶときのスタイルです。というのと、「燕三条の他をあたればまだ見ぬ一品があるかも……」という踏ん切りのつかなさが心に突っかかっていて、地場産業センターという燕三条産の商品を集めている場所があるのを知っていましたから、そこを見てから考えたいという気持ちも大きかったです。この後に、比較的近かった彌彦神社に行ってから、地場産業センターに行って、やはり藤次郎の包丁が良いと決心がついて、戻ってくることになります。

ここまで時間をかけて選んだので最高の結果となったのですが、連れがこれを許してくれる人なのが心底ありがたいです。時間をかけて悩んだ挙句、一回外に出てから戻ってきて、必要なスペックを大幅に超える金額のものを買っても一緒に喜んでくれる人こそ、何よりかけがえないのであると改めて感じます。

 

 

彌彦神社

旅行計画段階でなんとなく興味はあったものの、アクセスが難しくて断念していたのが彌彦神社でした。るるぶなどの旅行雑誌にも載っている有名な神社で、写真で見る限り雰囲気が良さそうだったので、行けるものなら行きたいと思いつつ旅程には組み込んでいませんでした。

藤次郎の工場が半分しかやっていないと聞いていた関係で導入したレンタカーのおかげで無事にやってこれました。蓋を開けてみれば当初たっぷり時間をとって旅程に組み込んでいた以上の時間、藤次郎に滞在していたわけですが、それでもなお彌彦神社に行けたのは車があればこそでした。

運転していると、遠目にもよく見える大きな鳥居が目に入ってきまして、どうやら両部鳥居という種類の鳥居の中では最大サイズであるそうです。大きさもさることながら後ろに山が控えているのが見事で、鳥居をくぐって霊峰に向かうといった荘厳な趣があります。この日は曇り気味で山頂が雲に覆われていたのが、かえって山が壁のように前に立ちはだかる景色となり圧巻でした。

彌彦神社に着くと駐車場からすぐ境内に入って行けました。良い神社と言いますか、雰囲気の好きな神社の特徴なのですが、境内に入った途端に急に静かになるんですよね。それが外界から隔たった空間に入ったという意識にさせてくれます。手水舎で横を見れば美しく苔むした岩があり、冷えた空気が一層澄んで感じられます。

本殿に向かう参道は両側を背の高い木々が壁をなしていて、広々とした空間ながらも林に囲まれているような印象もありました。正面に見えるのが随神門と言うらしいのですが、本殿へと入る門にあたり、そちらをくぐると急に視界が開けます。本殿が正面にあらわれ、その向こうに山々を臨み、それより上は空が開けています。参道までは上が樹冠が覆っていたのに対して、本殿は両側に背の高い木々が並ぶのみで視界の上半分はまったく開放的です。両側の木々と遠景の山並みとがほどよい高さに並んで目に入ってきて、四方を囲まれていながらこのうえなく開けているという見事な場でした。

その後はゆったりと参拝して御神籤を引いて戻ったのですが、車に向かうまでの短い道のりにも店が並んでいました。見れば店内にこたつが用意してあって、客はそこであたたまりながら、おでんなり甘味なりをいただけるようです。やや急ぎ気味だったのでこたつは断念しましたが、ガラス細工のお店は少し入ってみて、変わった形の風鈴なんかを見て楽しんでいました。

それから参拝の前に目をつけていた和菓子屋さんがあって、そちらも入ってみました。米納津屋というお店で、軒先に出ていたあんころ餅の旗に惹かれて入ったものの、「雲がくれ」というお菓子を購入して出てきました。箱には全国菓子大博覧会受賞の文字が燦然と輝いており、我が家ではこの賞に絶大なる信頼を置いているため、見かけたら必ず買うならわしができつつあります。帯広にある竹屋製菓のそばやき、秩父にある太田甘池堂の古代秩父練羊羹など、美味しさのあまり感動したお菓子たちがあるのですが、これら軒並み全国菓子大博覧会受賞作品であったという経験があり、個人的にも信頼度が高く、昔から開催されている大会でしっかり審査されていることもリサーチ済みでした。全国菓子大博覧会の存在を知ってから時々受賞作品に出会うのですが、よもやここでも出会えるとは。ちなみに今年は旭川全国菓子大博覧会が開催されるそうで、ちょっと興味ありです。

雲がくれをいただいたのは宿に戻ってからなのですが、なんといいますかふわふわしてて、それでいてしっかりとした感触のある、マシュマロを思い出させる和菓子でした。外観は人工物っぽさあふれる白い立方体で、中には黄色い球体が収まっていて一口齧ると断面に丸く黄色が現れてきて、なるほど「雲がくれ」の名にふさわしい遊び心があります。味に関しても期待通りにめちゃめちゃ美味しくて、中の月部分がいいアクセントになっていました。米納津屋は燕市とお隣の弥彦村の他には新潟市に一店舗だけあるくらいで、このようぶ地元に根ざしていながら全国を張れる一品に偶然出会えるのが旅の妙です。

 

 

再びの藤次郎

さて、彌彦神社を出て、藤次郎を通り過ぎて燕三条駅近くまで戻ってきて、地場産業センターに到着しました。駅近なのでとても訪れやすい場所です。ここでは包丁に限らずカトラリーや調理器具の他にも農具なども含めて燕三条の製品がずらっと並んで販売されています。それから三条市出身のジャイアント馬場等身大パネルもありました。めちゃ大きかったです。他にもマグロ解体用のもはや包丁というより機材くらいの巨大な包丁も展示されていて、めちゃ大きかったです。

カトラリーとかタンブラーとかおろし金とか、見ているとどれも連れて帰りたくなってしまうのですが、今日の第一目的は包丁です。探してみてやはりコレという決定打は見つけられず、むしろ、あれだけ懇切丁寧に教えていただいた藤次郎で買いたいという思いが強くなってまいりました。本当はもう少し長居する予定でしたし、展示コーナーも見応えがありそうだったのですが、藤次郎が空いている時間までに戻ってじっくり悩みたいということで、後ろ髪をひかれながら早々に店を出て、再び藤次郎へ向かうことにしました。この判断の速さは偉かったです。こういう行ったり来たりも車を借りていなかったらできない挙動です。元はと言えば藤次郎の工場が半分やっていないことがきっかけでレンタカー使用の方針に切り替えるに至りましたので、災いを転じて福となすとはこのことです。

 

なんやかんや片道20分くらいかかるので、移動に時間はとられてしまいましたが、藤次郎のお店はまだまだ営業中でした。お店の人にもう一度、量産品と鍛造品を出していただき違いを確かめつつ、鍛造品の中でも柄が木でできているものと、柄まで金属が入っていて鋲で止められているものとがあるので、それらを比べたりしていました。やはり木の方がカッコよさがある一方で、金属は金属で持ち手に重心がある安定感があります。金額はこのさい関係ないのですが、木の方がこだわりようがある分、お高めにはなり、刃に対して柄の寿命が短くなるので何年も先の話にはなりますが交換の必要も出てきたりします。それはそれでお気に入りの柄を選び直す楽しみだと思うのでデメリットとは思わないのですが、やはり最初に握った時の感動が忘れられず、金属のグリップにすることを心に決めました。

長く使うものですし、職人技へのリスペクトの気持ちと実際に使い続けたい気持ちから、運転しながら鍛造品を選ぶつもり満々になっていました。二度目の来店のときに、他にお客さんがいなかったというのもあるのか、試し切りをさせてもらえました。ジャガイモを持ってきてくれて実際に包丁で切れるのですが、これが本当に凄かったです。型で抜いた量産品の方もめちゃくちゃに切れるんですね。我が家の包丁も砥石で研いでからかなりの切れ味を実現していましたから、ジャガイモくらいなら軽やかに切れるわけです。なので、素材の違いと言っても切れ味そのものよりも、切れ味の持続性や欠けにくさの方に関わってくる方が大きいのだろうと思っていたのですが、切れ味が全くもって違いました。我が家の包丁が「スゥゥー」といくところを工場産の包丁は「スーーーーー」と切れてしまう感じです。引っ掛かりなく刃が下に運ばれていく感じです。それくらい良い。では鍛造品でジャガイモを切るとどうなるかというと、「   」です。他の藤次郎の包丁で「スーーーーー」と切れたものが「   」です。何も無いみたいに切れて、ここまで露骨に切れ味が異なるのかと一瞬で撃ち抜かれてしましました。正直に言って、ツウならばわかるくらいの切れ味の違いかと思っていたのですが、もう全然違います。本当にまるっきり違います。格付けチェックしたら知らなかった人でもみんな選ぶくらい別物です。この感動の後、色々と包丁を持ち比べたりなんなりしていましたが、ここの鍛造品を選ぶということは既に決まってしまっていました。この時は意識していませんでしたが、どうしても見つからなかった決定打がこの試し切りでした。

残る問題は包丁の長さです。これまで使ってきた三徳包丁も研ぎ直してなかなかの切れ味になっていますので、できれば長く一緒に使ってあげたい気持ちがあります。そう考えるとやはり形状の異なる牛刀タイプにするのがよいと考えます。が、ここで店員さんが引っ張り出してきてくれたのが17cmの牛刀で、他の牛刀は18cmなのでやや短めの三徳包丁に近い長さです。これは職人さんがたまたま作った一点ものという話で、そのことを示す「別誂」の銘が入っています。こういうのに非常に弱い。ストーリー的にかっこよすぎる。本当に悩まされたのですが、職人技に驚かされたのが長い方の包丁でしたので、最初の感動に立ち返って18cm牛刀に決めました。

最後に同じシリーズの牛刀で店の在庫をありったけ出していただいて、ダマスカス鋼の模様で好みを選ぶという段階が残っていました。悩んだ挙句また悩むという幸せな悩みなのですが、これは実際けっこうラッキーだったようです。職人が作っているものなので、まとまって数本出来上がっては捌けていってしまうというサイクルがあって、少し前までは在庫もなかったくらいだったそうです。数ある包丁から自分の好みを選べるというのは嬉しいことで、最後まで悩み抜いて最高の一本を持ち帰ることができました。

 

 

LAMU

さて、当初は電車移動の予定でしたので、藤次郎ファクトリーを出た後は電車で燕三条駅に戻るところだったのですが、その前にすぐ近くにあるスーパーLAMUに立ち寄ることも想定していました。色々あって夕方になってしまいましたが、無事に念願叶って来店できました。

LAMUとは関西方面で展開しているスーパーチェーンで、なんと言ってもそのテーマ曲がスーパーの曲らしからぬ完成度で、その昔繰り返し聴いておかしくなっていたのは冒頭の方で書いた通りです。曲自体はLAMU公式ホームページからmp3でダウンロード可能ですので、ぜひご視聴ください。

道中でなんだかんだ長かった運転時間もLAMUのテーマソングを流しながらルンルンで過ごしておりました。一緒に旅行をしている連れと、仲良くなっていく過程でURLを送りつけてひとウケ獲得した思い出深い曲でもあります。そんなこんなでショッキングピンクのでっかい店舗に辿り着き、ルンルンで入店したときがちょうどBGMが始まったところで、「あっ! これ! ……っ!」と犬なら尻尾をぶんぶん振るくらいのはしゃぎっぷりを見せてしまいました。感無量です。

なんだかんだ旅行先のスーパーを見るのもけっこう楽しみだったので、けっこうのんびり店内を散策をしていたのですが、量り売りコーナーがあったのが何よりのインパクトでした。これはLAMUの特徴らしいのですが、塩からナッツからチョコからガムから何まで全て2.16円/gで売られていて、自由に袋詰めして良いようになっています。塩だけでもけっこうな種類があって、夢のようです。楽しそうすぎる誘惑には負けるのが正解であろうと意気揚々袋詰めを始めた直後、ふと時計を見ると18時を平気で過ぎています。レンタカーの返却は19時で、その前にガソリンを満タンにして返却する必要がありますから、既にギリギリの時間です。しかし袋詰めは始めてしまいましたから、2分で袋詰めして、二人分の会計をまとめる係とナビに行き先を入力する係とに分かれ、足早に店を出たのでした。ぐっばいLAMU

帰路にはそこそこの車がおりましたが、渋滞こそしていませんでしたので普通の速度で帰り道を走らせていました。レンタル車の燃料タンクキャップの位置は知らないもので、ガソリンスタンドで少々パニクったのですが、有人のところでしたのですべてスムーズに済み、ぎりぎり19時になる前に返却と手続きを全て済ませることができました。総じて車のおかげで色々回れたのですが、色々回れたおかげで予定詰め詰めの旅行となりました。最後は慌ただしくなってしまいましたが、LAMUで詰めたお菓子がほとんどイチゴ麦チョコになってしまった以外は特にトラブルもありませんでした。

 

その後は駅近の宿にチェックインをし、夕飯の燕三条背脂ラーメンに繰り出します。いかにも地元のラーメン屋な雰囲気ですが、そういうところの方が旅情があるというものです。背脂と言うからにはこってりしたものを思い描いていたのですが、けっこうあっさりめのラーメンでした。ちなみにラーメン丼はやはり金属製で、タンブラーのように中に空気の層を挟んだ断面になっている作りの器を使っていて、外から触る分には熱くなく、食品は冷めにくいという優れもので提供されました。最初は金属加工の町としてのプライドかと思っていたのですが、そうにしては観光地っぽさのない店構えですし、何より機能的です。なぜ他の店でも使わないのか不思議なくらいでした。この器は地場産業センターだったか駅ナカのWINGだったかで売られているのを確認した記憶があります。ラーメンの後に見たから駅ナカの方だったかと思います。要するに自分用に購入可能で、後日Twitter(現X)でその器を使っている人の投稿を見かけたのがタイムリーでした。

夕食後に宿に戻って、購入した包丁の写真撮影会をして、再び丁重にしまってから翌日に向けて就寝し旅の1日目が終わりました。

 

 

 

 

 

 

帰宅後の虚無な時間をなんとかする互助会のお誘い(2)

先日、帰宅後の虚無な時間をなんとかするための互助会を作りたいという話をし、discordサーバーを立ち上げました。

natsumesou.hatenadiary.com

 

夜にもうひと頑張りしたい、自分のために有意義に過ごしたい、にもかかわらずだらけてYou Tubeを見たりして気晴らしにもならない無為な時間を経過させているといった問題に対し、策を練りました。入室と退室を宣言することで、ある程度の監視を自らに課すことを目指したのですが……

しばらく使ってみて、うまく機能していないという確かな実感があります。

 

問題を整理した結果、主に監視の目が必要なのは初動であるというのが根本的にずれているポイントだと感じました。勉強でもなんでも一度始めてしまえば、案外続けられたりするもので、大変なのは始める第一歩であるというのを計算に入れられていなかったようです。もし「始めたはいいけどすぐ飽きちゃう~」という場合については、入退室の宣言が有効となりましょうが、少なくとも自分にとってはそもそも始められないというのが問題であったので、うまく作戦がはまりませんでした。また、どうしても疲れが勝るのであれば、むしろ人の目を気にせず休むべきなので、入退室により作り上げた監視の目が裏目に出る可能性もあります。

 

そこで、大幅工事を試みます。要点は以下の二点です。

1)入退室記録の義務化を解除

2)宣言掲示板と日報置き場の設置

 

入退室記録については上で問題提起した通りです。最低限のルールとしてみましたが、目を見張るほどの効果がないのに続ける理由はありません。混乱を招いて申し訳ありませんが、ルールを変更して義務化解除です。

 

続いて、宣言掲示板と日報の設置についてです。

これは今度こそ初動の監視を強めることを目的としています(が、義務とはしないでおきます)。

 

●宣言掲示

想定している使い方としては「自分は毎日筋トレをします」「週に5日は家で1時間以上の自習時間を確保します」「週に一度は絵を描く時間をとります」「カメラの勉強のため週100枚写真をとります」のように宣言しておくことで、(今日はやってないじゃないか)という他人の目を感じることができるという感じです。

実際にはサボっててもヤジが飛んでくるわけではないですし、見られてすらいないかもなのですが、見られてるかのように環境を設定しておけば(事実はどうであれ)見られてるかのように感じることができます。その予定です。

 

●日報

これに加えて、最初に宣言するだけではなく、自分の決めたタイミングで日報なり週報なりを出すのがよかろうかと思います。具体的には「帰宅後に1時間勉強しました」「今週は3日間、帰宅後に絵を描きました」「先週は合計150枚程度写真を撮りました」などです。また、休んでいたとしても「今日は残業が長めだったので筋トレを休みますが、明日は早く帰れる見込みなので必ずやります」のように日報内で宣言することで、自分を追い込むことも可能です。

実は別の知人で集まっているサーバーで日報を導入しているのですが、自分の記録になるという意味でもけっこういい感じかなと思っています。

 

 

 

説明としては以上ですが、自分の場合を例に使い方を説明します。

某検定の合格を目指しておりまして、そのための勉強時間確保を頑張ってみようと思っています。宣言掲示板にて「合格します!」と大目標を宣言してもよいのですが、これではやることが不明確です。

試験までの残り時間を鑑みるに、現在、毎朝細々とやっている勉強では足りない様子ですので、それに加えて帰宅後に過去問をもう少し解いたりした方がよかろうと思い至りました。そこで毎日帰宅後に勉強をする、というのを目標にしたいところなのですが、残業があったり出張があったり寝不足だったりで下手に「毎日」を目標に掲げると失敗が目に見えています。それから、週末に勉強をさぼるという傾向も困りものですので、週末にある程度頑張るということを促す意味で、週単位での目標設定にすることとし「毎週8時間家で勉強する」と宣言してみます。ざっくりですが、これで試験までに100時間くらい追加の勉強時間を確保できるという意味合いもあります。これで目標がゆるかったらもう少し厳しくしますし、あまり現実的でないようなら緩めます。

日報としては、勉強時間に加えて、自分がやった勉強内容を面倒にならない範囲で具体的に報告してもいいかなと思っています。が、これはたとえば仕事に関わる勉強に関するものならプライバシーなどなどが心配になってくるので、各々の判断でいいと思います。細かい方が一応、監視されてる感が強まるかなと思うので、僕は多少は具体的な内容を入れて日報を出すつもりです。いまのところですが。

また、日報は通勤時間に送ることを習慣としています。寝る前にやると日報のあとにちょびっと勉強したくなったときに損な気がしてしまいそうなのと、通勤は基本的に毎日やるので思い出しやすいという事情からです。これも各々のタイミングでいいかなと思います。

それから別のところで実施している日報についてですが、日報を出す前からやっていたことを報告しているだけになっているのが悩ましいポイントです。なので、現在よりももう一段階頑張らないと達成できない目標を掲げたいところです。というか、そうじゃないと今と変わりないので。今は朝に30分前後、暗記を進めていて、過去問による対策や周辺的な知識の収集の時間を確保できていないというのが課題です。非常に大変ではありますが、夜に1時間程度追加できれば大幅に勉強量を確保できるはずということで、上に示したような週8時間の自宅学習を宣言いたしました。

 

 

相変わらず手探りで申し訳ないのですが、より効果的な自習環境の構築を目指しているので、付き合ってやろうという方はどうぞお付き合いください。また、監視をつけるという目的がありますので、在籍してるだけでもありがたく、無理に一緒に勉強なりなんなりをする必要もないということも付け加えておきます。

帰宅後の虚無な時間をなんとかする互助会のお誘い

表題の通りです。

家に帰ってから勉強するぞとか軽い運動するぞとか、出先だと色々考えているのですが、いざ帰ってみるとしっかりだらけることが多々あります。というかほぼ毎日そうです。

別に家なんだから休めばいいじゃないという方もおられるかと思いますが、僕の場合はなんだかんだだらけて寝る時間が後ろ送りになることがけっこうあります。個人的には体力的に余裕のある日には、もうちょっと頑張りたいですし、そういう人はおられるかと思います。

頑張りたいのなら頑張れるようにしたいということで、画策してみました。

 

 

考えたのは、discordサーバーを立てて相互監視をするという作戦です。

まずはdoscordの構造を説明します。3部屋に分けました。それぞれのやりたいことや気分に合わせて使いわけていただく想定です。

 

・会話禁止の自習室(study room

音声通話を設けていますが、会話禁止です。挨拶も不要です。そこにいることを示すためだけに入室即ミュートというのもOKです。物音がある方がいいタイプの人向けに一応用意しました。それから監視されてる感があると嬉しい人向けです。

 

・多少の会話ならOKの談話室(Lounge)

軽い会話OKです。単純作業や料理などしながら誰かと喋りたい場合や、集中力を犠牲にしてとりあえず机に向かいたい方などを想定しています。mocriのようなイメージです。ただ、勉強してる人も同席しているかもしれないので、喋りすぎないくらいの気持ちですが、その辺はその時々の空気感で決まってもいいつもりです。ひとまず。

 

・普通に会話をしたい場合のエントランス(Entrance hall)

会話に花が咲きすぎたときや、静かに自習してる人がいるけど、たくさん話したいことがあるとか、雑談したい気分が勝っている場合の場所です。loungeで足りるかもしれませんが、一応オプションはあっていいだろうということで。家で見たくもないyoutube見るよりは人と雑談する方が有意義だったりしますし。

 

 

各部屋の使い方のルールは以上のようなもので、全体的な約束事として「入退室記録をつける」ことを推奨しようと思います。

相互監視によってなんらか有意義な時間を過ごす動機を作ろうという設計思想なので、自分がその場にいること(音声通話に参加していなくても)を人に知らせられるのが重要と考えています。「入室しました」「退出します」だけでもいいですし、もっと見られてる感を出すために「資格試験の勉強を開始します」や「帰路についているので1時間後に参加します」などの宣言の場にしてもOKです。

自分のプライバシーをどこまで守りたいかとの相談ですが、「宅建士3級の教科書を5ページ読み進めました」などの報告をするのもいいかもしれません(discordの検索窓から勉強記録を眺められるようにもなります)。

 

相互監視なのに人がいなかったら意味ないじゃんということになりかねないですが、入退室の記録をつけておけば、後から見られることになりますし、自分自身を客観視するということにもつながります。個人的に狙いの一手です。

 

 

どれくらいの人数が集まるかわかりませんが、自分らが勉強したことを発表しあうささやかなイベントごとをしてもいいかもしれないなと思っています。一冊読み終えたから紹介したい(そうすることで復習したい)とか、なんとなく作った料理がめちゃ手軽で美味かったから共有したいとか、教えることで自分の勉強の密度を上げられないか期待したいとか。聞く方だけでなく話す側にもメリットが大きいだろうなと夢想しています。あくまで夢想。

 

 

 

とりあえず、discordサーバーのリンクをこちらに置いておきます。僕と交流がなくとも参加してもらって問題ないですし、冷やかしでもかまいません。

よろしければどうぞ。

discord.gg

Tame-Lie-One-Stepが凄すぎるという話をさせてください

学園アイドルマスターがリリースされて早くも10日かそこらが過ぎようとしています。当初はそんなにやらないかも〜と流し気味に眺めていたのですが、あの、本当に楽しいです。侮ってごめんなさい。

なかでも葛城リーリヤさんと紫雲清夏さんの両名には、なかなか心揺さぶられておりまして、お二方ともプロデュースの過程で見せる姿が素晴らしい。そして人柄の魅力がソロ曲に見事にあらわれていて、狂うほど聴いています。

今までtrue endを達成できたのは3名数限りですが、trueまで辿り着くと曲の印象がガラッと変わります。曲で心を掴まれたはずなのに、です。ソロ曲の本当の意味がわかるようになるという驚きがあって鮮烈な体験となっています。「白線」は最初から好きで、もっと好きになった曲なので、ある意味では順当に好きになっているのですが、「Tame-Lie-One-Step」はなんと言いますか……異常です。曲にも清夏さんにも思い入れが強いからこそな部分が多いというのもあるのかもですが、聴けば聴くほど異常です。良すぎるだけでなく、凄すぎてもいるというか……。

ともあれ感動はさめやらないですし、なんなら聴けば聴くほど話したくてしょうがないという気持ちが募ってきます。

なのでTame-Lie-One-Stepが凄すぎるという話をさせてください。

 

 

先にお断りしておくと、僕は音楽方面の知識がちいともありません。これから書いていく文章では、主に歌詞に注目していくことになりますので、曲としての良さみたいなのは絶対に見逃してるし頓珍漢なことを言うかもしれません。その点はご容赦ください。

歌詞のテクニカルさを示すことで、かえって小手先の技術で脚色していると思われてしまわないか心配なのですが、個人的には曲としてめちゃくちゃ好きであるというのがベースにあるということは何よりまず強調させてください。幾度となく聴いていればこそ発見が多くて余計に魅力的に感じているから、こうして文章に落とし込まねば気が済まなくなっています。

 

それから、これ以後はtrue end に言及していくことになります。学マスはtrue endで示されるコミュが素晴らしいというよりも、そこに至るまでの蓄積によってtrue endで披露されるライブ映像が真に感動的になるという設計思想だと理解していますので、一通りプロデュースして曲を改めて聴いて、理解を改めるというのは宝物のような経験だと思っています。

ので、特に清夏さんに心惹かれた人は、true endまでいったうえで曲を繰り返し聴いて、みたいな体験をまず存分にやってもらいたいなというのが勝手な希望です。そういう希望を押し付ける一方で、自分の感動も誰かに伝えたいという押し付けがましさも共存しています。僕の妄言を読んでいただけるのであれば、こんな嬉しいことはないのですが、是非とも読んでもらいたいとまでは思ってませんので、いったんここで引き返していただいても全然かまいません。

と、ここまで行数を稼ぎましたので、以後はネタバレ解禁で述べてまいります。

 

 

 

 

一言で言えば、Tame-Lie-One-Stepの歌詞はマルチミーニングなところに大きな特徴があると思っています。順を追って説明します。

まず、なんとなく聴いてるだけでもわかるほど、めちゃめちゃに韻を踏んでいます。音楽に詳しくなさすぎてどこまでを韻と言っていいのかわかってないのですが、とりあえず発音的に重なりのある単語が続くことで耳心地のいい歌詞になっているのは間違いありません。

歌詞を文面で眺めていて素通りするところでも、聴けば露骨に韻を踏んでいることが、本当にけっこうあります。たとえば「I wanna say 未完成」「胸秘めたfeeling 気づかないフリ」「勢い任せ Eide on 諦めたくはないの だけどやっぱ言えない Why not?」あたりはわかりやすいでしょうか。

ここにすでに最初の発見があります。曲名にあるstepはダンスのステップに引っ掛けていると思いますが、めちゃめちゃに韻を踏むことでアップテンポな曲でステップを踏むことを表現しているのではないかと思うわけです。華麗なステップは見ていて気持ちがいいし、綺麗な韻はもはや痛快ですらある。聴覚から視覚的なイメージを湧き立たせるような感触があります。完全に自分の場合なんですが、この曲を聴いてると姿勢と歩き方がすごい良くなって、いつものの道をランウェイに変える魔法がかかるんですね。めっちゃアガるわけです。

そういうわけで韻を踏むこと自体が曲の雰囲気作りに大きく貢献していると感じるのですが、音素が重なっているだけではなく、意味的にも通じているのが非常に面白いところになります。以下の歌詞にフォーカスして検討してみます。

オシャレ あの子 “憧れ”

I wanna say “未完成”

ただ見てるだけの”亡霊”

踏んでる単語を" "で強調してみました。ちょっと歌詞の中身を考えてみます。「憧れ」られるあの子とは誰を指しているのでしょうか。清夏さん自身というのはありそうな話です。この曲は清夏さんが歌うものなのでファンからすれば清夏さんを投影するのが自然でしょうが、そうすると「未完成」や「亡霊」といった単語に結び付けられている事実がただごとではありません。音的にちょうどいい単語の組み合わせなんてきっともっとあるはずです。

未完成は清夏さんがまだ成長途上であるのでわからなくないですが、憧れの存在から確実にワンランク落とされています。そして、そこからさらに「亡霊」ともなると、急にネガティブなものになるわけですが、清夏さんのプロデュースを経たいま、「亡霊」と言われるものには心当たりがあります。アイドルをすっぱり諦めて飄々として学生生活をするはずだった清夏さん、信じてくれているリーリヤの心の中にいるはずの清夏さん、清夏さん自身が心の奥深くにしまいこんでいたアイドルとして輝く未来の清夏さん。これらいずれもが亡霊として清夏さんの前にあらわれ、諦めを許さないのですが、特に最後の心の奥深くに隠されたアイドル像は、まさに親友と二人であの日見た「憧れ」のアイドルと重なるはずです。その憧れを取り戻し、努力を重ねる日々では、自分はまだまだ「未完成」だと言いたくなる(I wannna say)ものでしょう。振り返ってみれば亡霊=憧れを捨てさせなかったリーリヤこそ、清夏さんには眩しい存在で、彼女もまた清夏さんにとっての憧れであったのかもしれません。こうしてみると韻が踏まれている単語どうしが幾重にもつながりあっていることがよくわかります。清夏さんが、この短いフレーズ内に凝縮された数々の思いをステップに変えて歌って踊っていることがもう本当に胸にきます。

 

音のつながりが意味的な重なりにもなっているというところで言えば、「間違いだらけ? 何が幸せ?」では同じような感情の繰り返しで踏むことで、同じところをぐるぐるする煩悶を表しているように思えてきます。

すぐ後の「それじゃ後悔 続くきっと 将来は今次第だから」だと「後悔」が「将来」に接続していて、後悔を抱えたまま生きていく先にある将来を裏面に置いたうえで、曲調が明るく上向いていくことで、そうではない将来、つまり後悔にとらわれず素敵な将来を目指そうという方向への気持ちのシフトが主題になっている感じがします。

このようにして韻を踏んでいる単語どうしに意味的な関連があることで、新たな意味が生み出されています。ここで面白いのはあくまで音的な結びつきが本態なので、曖昧なまま重なるに留まることができているというところです。緩やかなつながりゆえ文意が一意に定まらないことが、アップテンポな曲調と相まって、同じフレーズであるにもかかわらず一つの意味から別の意味へとぽんぽん渡っていくような軽やかな印象を抱かせます。言葉の上でステップを踏んでいるような遊び心があります。

 

この緩やかな意味同士の結びつきに関して驚くべきなのは、単語どうしではなく一単語内でそれをやっているところが度々あるというところです。いくつかあるのですが、とんでもないのは曲名でもある「Tame-Lie-One-Step」です。youtubeのコメントにもあったのですが、この部分は「ためらいは捨て」とも聞こえます。聞こえ方にバリエーションを持たせることで1フレーズ内を複層的にしています。そうすることで、ためらいは捨てて新たな一歩を踏み出すという一つのセンテンスができあがっていて、これまで見てきた緩やかに意味を重ねる技を1フレーズでやってのけています。

それどころか、そもそもよく見ると「嘘を飼い慣らす(Tame Lie)」ってとんでもないネタバレなんですよね、これ。清夏さんは理想の自分という仮面をかぶって本当の自分にしてしまうという手段を選びとったわけですが、要するに「嘘を飼い慣らす」ことで「ためらいは捨てて」新たに「One Step」を踏み出すということになっていて、美しいほどのトリプルミーニングです。関連して言えば、サビ部分の歌詞だと「Tame Lie」ではなく、ひらがな表記の「ためらい」になっていて、ひょっとしたら曲をもらった段階ではまだ仮面をかぶるという戦略をとっていなかったから、まだ「ためらい」でしか歌えなかったということを意味しているのかもしれないな、などと想像が膨らみます。

 

個人的に曲の中でもかなり好きな歌詞は、落ちサビ(と言われるものでしょうか)のところの「背伸び伸ばす手」です。「ためらい One Step」が「ためらい”はすて”」に聞こえたことをふまえれば「せのびの”ばすて”」がOne Stepと踏んでいることがわかるかと思います。これは聴けばはっきりわかります。そうしてみると、「背伸び伸ばす手」が「背伸びのOne Step」に化けるわけで、踏み出した一歩があくまで背伸び(=嘘)であって、やはりここにもTame Lieが仕込まれていることに気付かされます。どこまで器用な歌詞なんでしょう……。

しかも! しかもです。この歌詞のあとに「大事なのは 浮いた踵 隙間 埋めていくことでしょ?」と続くのですが、こっちもあまりに意味が多い。単体で取り出せば、諦めがつかずどこに足を運べばいいのかと、どこにも足を踏み出せない様子を「浮いた踵 隙間」で示していて、「埋めていく」というのは踏み出す先を決めようという意味になりそうです。が、「背伸びのOne Step」に続くとなれば話は別です。背伸びは爪先立ちになりますから、その踵が地につくという変化は背伸びが背伸びではなくなるということです。つまりは嘘が本当になるまで演じ続けるという清夏さんの宣言そのものに変貌します。

さらに、バレエ出身ということで爪先立ちをしていた人が踵を地につけたステップを踏むアイドルとしての足運びへの移行をも射程に入ってきそうです。ここまで読んでいいのかは不明ですが、ここまでアレもコレも鮮やかに技を決められてしまうと、これくらい狙ってやっててもおかしくなくないですか……? この歌詞に続くのが「気づけたんだ あとは進むだけさ」で、この力強さたるや感無量。あっぱれです。

 

これでもまだ言えてないことはたくさんあって、たとえば韻を踏まずに一単語内で多重に意味を持たせているという話を先にしました。曲名が「ためらいは捨て」に聞こえるのと同じことを「ただ見てるだけの亡霊」でもやっていて、「ただ見てるだけ のぼれ」にかかっています。聴いていると本当にそう聞こえるのでディレクションも入ってるんじゃないかなと勝手に思っています。実際、「亡霊」については「憧れ」と「未完成」との韻のつながりによって清夏さんを動かす原動力へと姿を変えてきますから、「のぼれ」と力強い鼓舞に聞こえるのは偶然という方が無理があるレベルです。

他にも「報われなかった"過去"があるから臆病になった"かも"?」で、「過去」と「かも?」を結びつけてるのも技ありです。過去のせいで臆病になっているというのを隠れ蓑にしていることを心の奥底では気づいているけど、まだ十分に自覚できていないという清夏さんの機微を上手に描き出しています。

韻を踏んでいる箇所自体はまだまだあって、今わかる範囲で意味を汲み取れてないものもたくさんあるっぽいので、何回聴いても聴き飽きないし発見が絶えないです。編曲とかの方面でも何かやってるんじゃないかなーと思ってて、instrumentalの方を聴いてると前に進んでいくような仕込みのある歌詞では打音?が入ってきたりしてるし、曲調の場面転換が思ったより目まぐるしいので、その辺で雰囲気作ってるような気もします。

音楽としてどうすごいのかはよく分かっていないのですが、最初に申し上げておいたように、なにはともあれ何回でも聴けるほど好きな曲で、そこにここまで述べてきたような歌詞の妙があるとなれば、大興奮必至です。

Notion導入

Notionというアプリケーションがある。たまたま英語学習の過程で知ったのだが、どうやら超話題のアプリのようで調べてみればけっこう使っている人が多い。色々触ってみているうちにだいぶはまってしまった。このアプリ、できることの幅が異常に広いので一言で形容するのが難しいのだが、それくらい何でもできるアプリだというのはまず強調しておきたい。主な用途としては日記や仕事効率化やタスク管理やメモなどだろうが、自分好みにいくらでもカスタマイズできるので各々の工夫次第でどういう使い方もできる。できることの幅が広いのが特徴と言ったのはそれもそのはず。色々なアプリを使い分けて結局どれで何をすることにしたのか分からなくなってしまって元も子もない〜〜という問題意識から、全てを一つのアプリでできるようにしようとして作られたのがnotionなのだ。

 

二週間ほど前の暇な日ひょんなことからnotionをいじり始めたのだが、いつのまにか一日が終わってしまった。タスク効率化のために時間を費やしてタスクは一つたりとも進んでいないのには笑ってしまうが、翌日の進捗がすこぶる良かったので侮れない。こういうタスク管理とか日記の整理とかは結構好きなので、ほぼ趣味くらいのつもりで始めようかと思っているのだが、ひょっとするともう少し使い込んでみてもいいのかもしれない。ということで使い道について少し考えてみた。以下はその時の考えだいたいそのままコピペしたものだ。

 

 

完成形としては複雑すぎないことが継続するうえで重要だ。notionは色々なページを連携させられて一箇所でいじったら全体にも反映できるため、たとえばタスク一覧表のto doリストにチェックを入れたら日記に埋め込んだto doリストにも自動的にチェックがつくような感じで、かなり便利かつ面白い。これで動作が重くないのだからすごい。と、感動して調子にのると連携がかなり複雑になってしまって手に負えなくなる未来が見える。だからタスク管理や習慣管理を実施したとしても、日常的にいじる部分はごく簡単に済ませられるくらい、たまに休日にちょちょいと修正すれば十分くらいの状態にしておきたい、というのが理想的だ。

ごくシンプルにすることは簡単ではあって、日記もtodoも全てを一箇所に集めてしまって随時タグをつければ、自作のタグ(日記とかアイデアとか美味しい日本酒メモとか)によってフィルターをかけて日記だけメモだけ出して眺めるのも簡単だったりする。現状では大体こんな感じ。1~2日程度の使用でも良し悪しは感じていて、この形式を続けるとしたらタグの調整が必要になってくる苦労が思い浮かぶのだが、それ以上に自分好みのスタイルではないという違和感が最も大きい。

話が長くなっているが、要するに自分好みの完成形でありかつ日々さわるうえではシンプルな操作で済むようにしたい、という方針でnotion構築を考えている。

 

しかし、根本的な問題として、自分が何を必要としているのかが未確定であるというのがある。あくまで趣味的に始めていることではあるので、端的にいえばnotionを使いたくて使っているのが現状だ。だからたとえば日記を書こうと思ってnotionを始めたはいいが、めんどくさくなってアプリを消してデータ消滅という一番しょうもない結末はかなりありえる話になる。そもそも日記だって書きたいのかどうか微妙なラインだし、仕事習慣化についてもまだ入社していない段階であるからnotionを職場で開けるかも怪しい。そのためまずは僕の現在の状況を整理するところから始めて、必要あるいはやってみたいことをできるnotionを目指そう。

 

・日記

もともと気が向いた時に文章を書き連ねていて、それを日記がわりにしていた節がある。ので日記めいたものは続いているといえば続いている。今この文章を書いているのはscrivenerという文章作成アプリでたしか5000円くらいしたのだが、かれこれ五年以上使っていて気に入っている。あまり凝った使い道はしていないのだが、macとの相性がいいのか文章を打っていてほとんど固まらないし、超長文を書き溜めまくってても重くならない。日付を文書タイトルにしてその時に考えたものを雑多な文章にして溜め込んでいて、それを一年ごとに作り変えているのだが、一万字前後を書いたものがいくつもあっても問題ないのだからすごい。基本的に日記が書きたいというよりも文章じゃないと考えがまとまらないタイプなので、駄文ながら最低3000字くらいの文章が不定期で並んでいるため、日記というよりは思考の痕跡といった趣きである。結構気に入っていて今更他のに乗り換える気になれないことなので、これはscrivenerで続投する。

とすると、日記を書く必要がない……と思いきや、意外とそうでもない。別のアプリで日記を書いたり書かなかったりしているのだが、先週何があったのかなどを見返せるのが楽しかった。その日の満足度を五段階で評価する機能とかも使いこなせたら、自分の生活も変わったりするのかも?と思わなくもない。ここで着目したいのは記録の振り返りが現状できていないということだ。世に出したもの長文ならばけっこう練っているから愛着もあって読み返したりもするのだが、雑文はあまり読み直さない。思えば自分が何をしてきたのかを客観視する機会があまりないようだ。多分うんざりするほどだらけているのだが、それを直視したくなさすぎて雰囲気で過ごしているところがある。たとえば植物の勉強をしようと思ってできてない期間がわりとあったりするのだが、極端な話「わりと」が数日なことも数ヶ月なこともある。それくらいの粗さで過ごすのはゆとりとは違う。何より改善したいと自分で思うところなので、これはnotionに頼ってもいいポイントだろう。ということで

(!)記録を振り返る仕組みを作ろう

 

 

・やり忘れ防止

今の話に似ているのだが、やろうと意気込んでいたことをいつのまにかやらなくなっていることが多々ある。最近は柔軟ストレッチを欠かさずやっていて、他の「継続する技術」というアプリに尻を叩いてもらいながら、なるべく毎日やっている。できていることではあるのだが、あまり多くのことに目を配れないのが悩みのタネだ。特に、毎日やるとかじゃなく「週に3回くらいできたらいいな」くらいのことが一番やりづらい。具体的には文章で長文を書くことなどがちょうどそれで、毎日は辛すぎるが週に一回も書かないのは脳がダメになる感じがするから、そこそこの頻度で書いて考えるようにしたいと思っている。この習慣化が難しい。毎日リマインドするのはやらない日がサボってるみたいで鬱陶しいが、うっかりするといつの間にか何もせず一週間経過することなんかざらにある。

さらにめんどくさいことにtodoリストとかと言われると肩身が狭くなっていやだ。義務感でやることはやり忘れると自分への信頼を損なって自暴自棄ポイントが加算される。自分の向上心に寄り添った結果で自分を堕落させるのは本末転倒なので、義務っぽくなくできるようにしたい。加点方式での評価というか「できなくても一切問題ないけど、できたらひたすらすごい」みたいな。これ再現できるのか?

と、todoっぽくしたくない気持ちもあるが、普通に一週間以内にやらないといけないことなどは発生したりする。靴洗うとか銀行に入金するとか。todoにあたるものについてはリマインドするなり頻繁に目に留まるような仕組みができるとなおよい。これtodoにしろやりたいことにしろ、忘れないようにして今週どれくらいやってるか確認するというのができればいいのかも。

(!)週単位でやりたいこと(義務感なし)やtodo(義務)を忘れない・確認できる仕組み

 

・メモ

実を言うと僕はあまりメモをとらない。これで上手くまわっている、というわけではなく普通にただただメモをとらない。信念があるわけではなく上手くメモをとる習慣がついてないということだ。実際、メモは散らかってる。紙も好き好んで使うものだから余計に散乱する。ツイッターのツイートやいいねをメモがわりにすることもあるが、ツイートはまだしてもいいねなど一瞬で忘れ去る。覚えてた試しがないくらい。ということを踏まえると、紙は紙で頑張ってもらって電子機器でとるメモについてはnotionにまとめてもいいのかもしれない。

これも使って日が浅い範囲内での感想だが、こういうことしたいなと思ったときにメモする場所がすぐ思い至るのがけっこういい。scrivenerに書き留めることもあるが、出先だとkeepというメモアプリを使うことになり、ということがあると気持ちが分散してメモを書き始める初動が遅れたりするし、どこに何のメモがあるのかを結局覚えておかなくてはいけなくなるのもだるい。ここに書くぞと気持ちが定まることはそれだけでも効用は大きい。別にkeepでもよかったのだが、notionを見る習慣がつくのならこちらの方が見返す機会は大きいだろう。ちなみにnotionはPC・スマホiPadのどれからもアクセスできて、端末数の制限もないのでその辺の使い勝手も良好だ。

(!)メモの居場所を作る。それでいてメモは見返しやすいように目に付くようにする。

 

 

・仕事効率化

以前誰かのブログを見てtrelloというアプリを使って自分の勉強にとりいれたことがある。これはtodoをリストアップして、「一週間以内に済ませたいこと」「今日中にやらなくてはいけないこと」「今やっていること」「終わったこと」などのブロックを作って「~~を読む」などの項目をそれぞれの下に収納して、進捗状況に応じて所属を変更していくようなシステムだった。

これはtodoの整理を狙ったというよりも、やらなくてはいけないことが無数にあって気持ちが散らかっているせいで今やってることに手が付かないという思考の分散への対策として紹介されていて、今日すべきことが明確にわかっていれば今やることに集中しやすい、という話だった。これは僕にはあまりはまらなかったのだが、同様のことはnotionでもできる。で、やりたいかという話なのだが、ここまで手を出すと日々の操作やnotionの構造が複雑になっていきそうな気配がある。先に述べたように、そもそも職場でnotionを開けるかも微妙なので、これについては後ろ向きに検討として保留にしておこう。

 

 

・読んだものなどの記録

今までに色々な感想をまとめていたりする。日本酒のレビューや映画の感想やなんかだ。メモをnotionに一括化するならこれらも入ってくることになる。タグづけによって一目で何の感想かわかるのはありがたいが、どこに置くことになるのだろうか。必要なときに取り出せればいいので、検索に引っかかれば十分と考えてもよい。そうするとあえて埋もれさせるのも手だろうか。

表示方式やフィルターやソートを設定できるビューという機能があって、収納されているデータベース(メモなど)を目的別にピックアップして見やすく表示できる。これを用いて「感想」的なビューを一箇用意すれば十分だろう。むしろ日本酒の感想なんか毎日見る必要もないので、さっさと見えない位置にいってくれた方がノイズがない。

(!)諸々の感想など見返す機会の多くない記録は隠してノイズを減らそう

 

・勉強の進捗を考えるデータが欲しい

今一番熱心に勉強しているのが植物になる。今後はこれに仕事で必要なものの勉強とかも入ってくるのかもしれない。ここで問題に感じているのは、やろうと思っていることのうちどれくらいができていて、どれくらいが残っていて、今はどれくらいできているのか、全貌を把握できていないということだ。時間をかければできなくはないのだが、すぐ忘れてしまうし、進捗があったらそれでまた全貌を把握するのに時間をかけるのは面倒くさい。全貌がわからないから今日はここまでやるという目標を立てにくく、いつも「頑張れるところまで頑張る」という脳筋理論でやっている。初日とかはそれでけっこう進みはいいのだが、いつのまにかやらなくなってしまうので、期日と目標があるのはやっぱり大事だと思う。ということで、勉強内容ごとの進捗管理をしてもいいのかもしれない。

(!)やろうと思っていることの進捗状況や今までの成果、まだ手をつけていないことなどを一望できるようにしたい(これについてはまったく見通しが立っていないのでひとまず紙で進捗を整理しながらアイデア出しをしてみるのもいいかもしれない。)

 

 

 

ここまでの総括+α

 

シンプルな操作かつ自分好みのデザインとすることが大前提

(!)記録を振り返る仕組みを作ろう

(!)週単位でやりたいこと(義務感なし)やtodo(義務)を忘れない・確認できる仕組み

(!)メモの居場所となる。それでいてメモは見返しやすいように目に付く位置に置く。

(!)諸々の感想など見返す機会の多くない記録は隠してノイズを減らそう

(!)やろうと思っていることの進捗状況や今までの成果、まだ手をつけていないことなどを一望できるようにしたい

 

といったのが現状で入れ込みたい要素になる。書いた順は思いついた順ではあるが、ちょうど優先度順と考えてもよい並びだ。

してみると、まずは自分の日記を書いて記録を振り返るシステム作りが第一の作業になるだろうか。実際振り返れるようにしたところで何かが変わるのか半信半疑だが、これもやってみてということで。notionになれた人たちが自分の使っている様式を販売配布できる仕組みがあるらしい。色々いじってみたが綺麗にはできなかったという事情もあって、既成のものを使うのは手であろうと思う。幸い、notionの解説本にテンプレートのおまけをつけてくれているものがあったので、そちらで他の人の使い方を見つつ、テンプレートを活用していければと考えている。

 

 

 

 

以上が大体二週間前の文章。

それから結局毎日しっかり使っていてかなり重宝している。

構成としては日記・メモ・英単語帳の3本立てでこれに植物勉強用のページも追加しようかと画策しているところだ。

 

日記については、データベースで管理して毎日1ページ作成している。これは『Notionライフハック』という本の日記を参考にして、自分好みに少し調整している。ポイントはビューを使って一覧表示したときに満足度や一行程度の日記が見えてざっと振り返れるところ。さらに、習慣的にやろうと思っていること(柔軟体操や諸々の勉強など)のチェックボックスを用意して、これも一覧でざっと見れるようにしている。

変更点としては二つ。週に数回やればいいくらいのもの(運動や文章たくさん書いて考えるなど)についてはチェックボックスだとやってない日が目立って落ち込むので、マルチセレクションという形式でやったときだけ目立つようにしている。もう一つの変更点は日記のページ内にその日のto do や一週間のto doないしスケジュールを表示できるようにしているということ。今日のページを日付変更と同時に自動で作成するように設定しているので、週初めに予定を書き込んでしまえば今週の予定や進捗についての情報を毎日持ち越して確認できる。これで一週間という広めの視野の中で今日何をするかなどを考えられるので俯瞰しやすい。というのと、日記の中に入れてしまえば振り返りのきっかけにもなるし、当日はそのページさえ開けばなんとかなるため、けっこうスッキリした使用感になっている。これはなかなか気に入っている。メモに残すほどでもないことをメモしたりする欄も作ってあるので、to do を埋めたりメモを残したりしているうちに日記がもう完成しているのも手軽で使い勝手がいい。

 

メモ。先ほどの本の著者であるreiさんがyoutubeをやっているのだが、そこで出していた彼の弟のnotionの使い方を参考にしている。メモに自分なりのタグをつけてひたすら貯めるというだけで、弟さんは日記とかも全部ここにまとめているというのだから徹底しているのだが、僕にはそこまで割り切るのは難しかった。また、タグについてタグをつけて整理をするという二重構造をとっていて、これの旨みは正直わかっていないのだが、作ることはできているので先人に習って真似してみている。不都合はないのでまぁ引き続き使用感を見ていきたい。

これでけっこう便利なのは後で読もうと思ってたサイトなどもぽんぽんここに放り投げているからchromeのタブが大量になってしまうのを避けられる。また、なんとなくスマホを持っちゃった時や満員電車の中で本を開く余裕がないときなど、「暇な時」というビューを用意しておけば、とりあえず後で読もうと思ったもの一覧が出てくるので気が向いたものを読めたりしてけっこう都合がいい。何よりどんなシチュエーションでも「とりあえずnotionを開けば何かやることが見つかる」という状況になっているのがかなりいい。

 

英単語については、新しい単語を覚えたら習熟度と和訳とをタブで作って、ボードビューを用いているので覚えたらドラッグして隣の習熟度に移すということをしている。これで知らない単語や馴染みの薄い熟語などを覚えていける。

これも誰かyoutuberの使い方を見て記憶を元に参考にしたもの。というかその人の動画でnotionを知ったので個人的に恩が深いのだが、そのわりにちゃんと見返していないし英語もそんなにめっちゃ使っているといのでもない。が、まぁ滞っていた勉強を再開できたのは大きいということで。

 

植物の勉強については参考にならないだろうし、そもそもまだ動かしていないので割愛。

とりあえずこんな感じでnotionを運用している。仕事効率化みたいなものがけっこう好きで、日記みたいなものが溜まっていくのも楽しいし、自由度が高いものを自分好みに仕上げていくのが手軽なクリエイトって感じがして楽しい。notionいじるのを楽しめているからこそ、「to doのとこチェックつけたい!」みたいに、やらなきゃいけないことを楽しみに変えられていて、それ自体がけっこう大きな魅力であったりもする。というわけで2週間程度のnotionの使用感でしたとさ。