北陸旅行4日目 高等遊民の日

雪。けっこうな雪。前日までの晴れで余裕をかましていたが雪がやばすぎて宿から出る前に一回部屋に引き返した。兼六園は雪吊りが有名なので雪は願ったりでもあったのだが、結論から言えば雪吊りに積もるほどではなく、ひたすら寒くて暗い天候の中を散策することになった。

あまりにも自由な旅行プランなので宿を出るまで今日どこに行くかまったく決めておらず、雪だから兼六園でも行こうかなというテンションで、我ながら自由すぎる。予定段階で明らかに日数が余るので、どこかで1日金沢市民のフリでもしようかなと思っていたが、今日がその日らしい。と思ったのだが、眼前に見える金沢市民たちは普通に出勤途中であったりして、僕がやってるのは市民というか高等遊民だなと思い直し、今日の予定は1日金沢市在住高等遊民体験ツアーに変更した。

不思議なもので、高等遊民ともなると仕事をしていないことへの優越感がない。そういうのは有給をとって同僚が忙しそうにしているのを想像するときに得られる感覚であって、無職ともなると休み明けへの懸念もなく仕事という名の俗世への執着(しゅうじゃく)は滅尽する。焦燥感のあらわれなのか、さすがに罪悪感めいたものは感じるが、そこは期間限定の高等遊民ということで世間にも自分にも許してもらおう。

 

 

兼六園

そんなこんなで兼六園に入った。噂の通り広々とした庭園で、池と松とが雅に配置されていて池松雅さんになった。雪吊りには雪がなかったが足元には雪が積もっていた。人もたぶん少ない方なのもあって、踏んだ形跡のない真っ白なところも残っていて、なかなか趣があった。庭園内が広すぎて半ば迷子になり、どこがまだ見ていない場所なのかわからなくなりながら散策した。

庭園内にいしかわ生活工芸ミュージアムというのがあったので、そちらを見学した。石川の伝統工芸を集めて解説をしているところで、工芸品好きとしてはかなり楽しめた。特に山中塗について木材の材質ごとの特徴が書かれている展示があったのが面白かった。ほとんど忘れてしまったのでメモしてくれば良かったとけっこう後悔している。ミズメザクラだったかな、どれかが「散孔材で放射組織が目立つ」みたいな記載があったのがマニアックだった。僕は興味あるし勉強してるからスムーズかつ実物を見ながら興奮気味に読めたのだけど、興味ない人に分かってもらうつもりなくて笑ってしまった。

 

兼六園をまわりながら空腹が気になって仕方なかったので外へ出て店を探した。金箔ピカピカぬれおかきや金箔ソフトがあるのは知っていたが、金箔を食べる理由が人生で一度も理解できたことがないのでやめた。退職前に同僚に「金箔ソフト食べてきてくださいよ~」と言われていたのだが、申し訳ない。やはり意味がわからなかった。食べたら写真を送りますねとは言ったが、同時に写真が送られなかったら食べなかったと思ってくださいとも言っておいたので、向こうで察してもらえるだろう。

やや歩いたところに地元の人も使いそうな喫茶店があり、自家製カレーを食べた。自家製とあるのでちょっと期待したのだが、いわゆる金沢カレーでもなく、量産型のルーの味がした。「自家製」表記に関する優良誤認はどこに判断基準があるのかな〜と(別に訴えるつもりではなく好奇心から)考えながらご飯を食べた。後から入った客のうち何人かは店主と顔なじみで、仕事が進まないと愚痴っていた。聞けば金沢城の城壁を直す作業に関わっているようで、ひそかにエールを送った。

前日にも災害派遣と書かれた自衛隊の車を一度見かけていて、通常運転に見える金沢でも余波があることは疑いえない。金沢城だって今は立ち入り禁止にしているし、21世紀美術館も休業中だ。

 

 

金沢百番街 〜 ラーメン屋「神仙」

食後少し街をぶらついたが寒すぎて一度宿に帰還した。観光地の近くにあるのがありがたい。このエリアに異常に宿があるのも理解できる。

一休みしたのち、お土産を物色しに金沢駅百番街へ。退職のときにお礼の品代わりにお土産送るのでと言っておいたので、元職場に送る一品を探してまわった。結局「たろう」という地元の和菓子屋さんのちょっとおしゃれなものにした。魚介系のものとか加賀棒茶とかの方が石川っぽいのだけれども、まぁ退職の挨拶的なものも兼ねているので、お菓子にしておいた。実際とてもかわいらしくてお洒落。石川のものだし、良い品を選べたつもりなのだが元同僚たちの反応が見えないので、どう受け取られるのかちょっと心配ではある(ちなみに郵送した翌日には届いたらしい。感想は聞いてない)

その後、昨日買っておいた徳田秋聲の小説を読んだりなんなりして時間を潰し、評判のいいラーメン屋に足を運んだ。駅から30分、宿からだと片道50分。これぞ高等遊民ムーブ。冷静に考えて、学生のとき以上に時間があって貯蓄もあって次の職も決まっているので、普通に今最強の人間だ。

店は神仙というところで、豚骨系のスープだが濃厚がいきすぎてドロッドロになっている。なのに臭くない。普段からラーメンを食べ歩いているわけではないが、いままで食べたことがない特徴的なスープで、都内でも全然通用しそうな旨さだった。お腹の空き具合からしたら一杯でも満足だったのだが、食べ終わりたくなくて替え玉を頼んでしまった。モラトリアムを延長し続けた僕らしい往生際の悪さである。

 

 

宗玄

宿に着いた後、近くの日本酒バー「狗鷲」で一杯ひっかけた。実を言うと前日にも来ていて二日連続なのだが、昨日飲んだ宗玄が美味すぎて感動していた。ラーメンと違って日本酒は良いのをそこそこ飲んできた。舌が肥えているとは言わずとも経験値は人並み以上だとは思っているのだが、今まで飲んだ中で一番美味しかった。大学の先輩が繰り返し宗玄について何か言っているのを見ていたのだが、なるほどこれは唸る。美味すぎて書いたメモをここに公開しておく。

宗玄 純米 雄町 無濾過生原酒 R4BY(珠洲

異常に美味い。なんだこれ。

フルーティーというのとは違う華やかさがある。甘みがまったくくどくない。それどころか軽やかで、泣きそうになるほど美味い。香りとも違う、たぶん全部味わいの範囲内で、摩擦がなく(まろやかというのだろうか?)色彩豊か。美味すぎる……

悲しいことに宗玄は最も被害の大きかった地域の一つ珠洲市の地酒で、震災直後は心が折れてもう酒造をやめることを決めかけていたという。が、復活を願う声が多くあって再生を決意されたとのことで、心底応援している。なにかフォローできる機会があれば力を貸したい。多くのファンに復帰を願われるのもよくわかる。それくらい至高の一品。